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たたかいの勝利! 郵便窓口に「現金管理機」を配備。「不足金=自腹切り」なくなる
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郵便局の窓口職員を苦しめてきた現金過不足金の「任意弁償」が公社のもとでは改善されることになりました。
郵便窓口で、現金が会わなくなった時、これまで、余った時は「雑収入」などと言って国庫に繰り入れ、不足したときには職員に「自腹」を切らせてきていました。しかし、2002年9月11日東京高裁での「郵便局の不足金裁判」の判決は、システム改善への努力を示唆。窓口への「現金管理機」の設置に結びつきました。
不足金についての詳細は 「東奔西走2001・郵便局で国は年間7億7700万円の国民の金をネコババ!?」をご覧下さい。
http://www.miyamoto-net.net/html/wasshoi_2001.html#nekobaba
元郵便局の不足金裁判 当事者(被告)富田早苗さんより
「明治のお化け退治」=郵便局の不足金裁判の勝利
銀行・信用金庫の労働者は「明治のお化け退治だ」と言いました。
民間金融機間では、窓口での現金取扱事故をなくすために積極的な取り組みを行い、現金の過不足事故はほとんどなくなっていました。しかし、郵便局は未だに、現金の取り扱いをすべて人力に頼り、現金の出し入れの記録が全く出来ない明治のままのシステム、少し前まで見られた八百屋さんや魚屋産が店先にぶら下げてお金の出し入れをする籠と原理は同じやり方のままでした。郵政省は、現金過不足事故があって当たり前の状況を放置し、お金が余った時には国の会計に入れ、足りなかったら職員個人に弁償させ、自身は全く腹をいためないというだけでなく、反対に儲かっていたのです。
私は東京の杉並郵便局の貯金課に勤務していました。毎日、窓口でお金の出し入れをします。どんなに注意しても1年に何回かは事故が起こります。職場では余ったら「過剰金」、不足は「任意弁償」=自腹を切ること=で、と先輩から指導されていましたが、「原因もわからず、自分の責任かもわからないで弁償は出来ない」と申し出て、一大決心をして、90年2月に2,280円の不足金の「欠損金処理」をしました。
事故を起さない為には事故原因究明が必要です。当局に立証を求め、任意弁償の不合理なことを仲間に話し、「欠損金処理」が6人になった97年8月、国が提訴しました。6人で話し合って、労働者の要求として労働組合に提出しました。
裁判は、前例のない会計法上の責任についての判断を求めるもので、たたかいは本当に大変でした。東京高裁の準備書面を私たちで書きました。「結果回避可能性がない職場の実態」…A4版71ページ、約82,000字を、寝食を忘れ1ヵ月かけて完成させました。お客様が使う窓口の用紙や案内を集めたら、厚さは10センチにもなりました。大変な作業でした。最終準備書面も各人が自分の言葉で書きました。この熱意が裁判官の心に刺さり、勝利判決が獲得できたと思っています。
宮本議員には、運動の節目節目で、国会で質問していただいたり、郵政事業庁折衝などで、お互いの情報を共有し、大変励まされました。
宮本先生の国会でのたたかいと私たち労働者のたたかいの連携。特に、高裁判決後の国会質問は、弁護団、組合、「不足金裁判を勝たせる会」、当事者で討論し、先生の洗練された迫力ある質問で総務大臣に「判決を生かす」ことを約束させることが出来ました。
しかし、その後、職場に変化はなく、「一体、私たちの裁判判決は何だったのだろうか」と…。沈み込んでいた私たちに飛び込んできたのは公社の会計制度のなかで
(1) 会計法は適用除外
(2) 任意弁償廃止
(3) 現金管理機の配備
でした。「やった!」と思わず叫びました。
公社設立委員会に出した「要求願い」に委員の1人の富士ゼロックス会長の小林陽太郎氏から「この問題は知らなかった。後者が正面切って取り組まねば成らぬことは自明、生田総裁も真しに対処されると確信している」旨の手紙を郵産労委員長が受け取ったと聞いて喜んでいます。
裁判を支援してくださったたくさんの仲間に「ありがとう!」…。2003年4月からの「日本郵政公社」移行という歴史的転換期に労働者の正義が「明治のお化け」をノックアウトし、明治からの郵政省の古いからを打ち破り、労働者の正義が大きく歴史を動かしました。
小学校についでもっとも身近にある郵便局。国営をはなれることで、電話局や国鉄のようにどんどん縮小されてしまわないようみなさんの近くにあって安心して利用頂ける郵便局を守るため、私たち働くものと労働組合は今後もがんばっていきます。
私は6年前定年退職しましたので職場はありません。喜びを実感することは出来ない悔しさはありますが、歴史を動かす裁判に関われたことを感謝しています。宮本先生、皆さん本当にありがとうございました。
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