宮本 :先日、京橋で宣伝してましたら、「ちんどん通信社」の方もやっておられました。このお仕事って、一番景気、不景気を肌身で感じられるんじゃないですか。
林 :というより、ぼくがこの商売いいなって思うのはウソがつけないんですよ。テレビではウソを描くことができるかも知れないけど、ぼくらが「あそこの豆腐は安いよ」と宣伝しても、安くなかったら、行った人が「安うなかったわ」と直にいわれますから。それと、ちんどん屋に寄ってくるのは、いわゆる弱者の人たちなんです。住宅地でやると、昼に家にいるのはお年寄りや、お孫さん。そういう人たちがぼくらに話しかけてくる。お年寄りの昔の話や戦争体験、旦那さんで苦労している主婦のボヤキとか。
宮本 :奧が深いですね。
林 :昼間お父さんやお母さんがいない子どもたちも寄って来るんです。まるで学童保育(笑い)。そういう子らが、学校の先生や友だちにも言えない家での悩みをしゃべるんです。
宮本 :私も選挙のときに、子どもたちが「あ、宮本たけしや」と宣伝カーを自転車で追っかけてきたり、というのを体験しています。子どもたちにとって魅力的なものは、なかなか捨てたものじゃない。「子どもだまし」と言いますが、子どもたちこそ、だませませんよね。本当に楽しいものでないとついてこないし。
林 :私たちは、どこへ行っても「場違い」ですから(笑い)
宮本 :(笑い)非日常的な格好ですしね。一昨年、大阪でちんどん博覧会を開かれたそうですね。
林 :ええ。若手の入門者も増えてくる中で、これからの夢を描く部分と、ベテランのみなさんのいいところも受け継いでいこうと、ちんどん屋業界のキャンペーンも兼ねて、私が発案者になったんです。お金はゼロのところから初めたんですが、提灯一張り3000円で寄付を募ったりして、四百何十万円が集まったんです。企業の大口があったらいいなとも思いましたが、景気が悪いからどこも出さない。自信になったのは、全く見ず知らずの人が提灯を買ってくれて。
宮本 :その方が額としても大きくなるんですね。うちの党も企業団体献金を一円ももらわずに、たくさんの個人の方にお一人お一人にカンパをお願いして、新しい党本部の建設も、選挙の資金も集めます。その力は大きいです。
林 :そういう人の方が当日雨が降ってても来ていただけるんですよ。観光では普通行かないところへ結構行ってますから、日本中に「近くに来たら泊まってや」という人がいるんです。宣伝の仕事もするけど、昔からの芝居小屋があるから、余興をやってくれっていわれて、2000人の村で500人が見に来てくれたり。

宮本
:それは大きいですね。京橋で出会ったちんどん通信社の方は、若い人たちでしたが、林さんが学生時代にちんどん屋に触れ、魅せられた思いが、ずっと広がっているんですね。
林 :最初は「音楽してました」「演劇かじってました」という子も多かったけれど、なんといっても、私たちの仕事の醍醐味は、知らない街で「こんなところに、こんな人がいたんだ」と心を通わせることができること。そんな出会いを、若い子にも体験してもらおうと。
宮本 :そういう“はまる”感覚は、よくわかります。非日常的だからこそ、できることがあって。私たちも、議員・候補者としてタスキをかけて、こっちから声をかけるじゃないですか。それが何もなしで突然、「どっから来たの?」と声をかけると、ちょっと変な人かなと思われる(笑い)。
林 :やはり期待があるわけです、ちんどん屋にしても、議員さんにしても。
宮本 :そういう触れ合いが、たまらなく魅力的なんですよね。私たちの演説でも、こちらの言いたいことを一方的にしゃべるのでなくて、立ち止まってくれるだろうか、手を振ったらどんな反応なのか、考えながら演説するわけです。街頭に出て、相手の思いをはかりながらやっていくのは非常に大事なことです。
林 :街頭だと、思想信条の違う人にも訴えることができますよね。 |

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宮本 :京橋で演説するとき必ず、横にいるストリートのミュージシャンに、「しばらくすいません」と声をかけるんです。若いころギターをやってたんで、先日も演説を終えてから「ギターちょっと貸して」と演奏したんですが、「参議院議員」のタスキをかけているでしょ、演説のとき以上に人垣ができまして(笑い)。
林 :普通の人には、タスキをしているだけで、血が通った人間には思えないんですよ。それほど政治家というのは縁遠いから。でも、「みなさんと同じ喜怒哀楽の中で生きていますよ」というのが、ギターを弾いて歌うことで伝わるんでしょうね。そもそも、路上で演奏している若者に声をかける政治家はいない。
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林 :宮本さんの話を聞いて素晴らしいなと思うのは、演説の場にいる人や周囲にたいして、気遣いがあるということ。コミュニケーションですよね。
宮本 :そういうことを街頭宣伝では学びますよね。今心掛けているのは、どうしたら元気になってもらえるか。大阪は今、経済も大変ですから、大阪のいいもの、大阪の持っているバイタリティーをどう生かすか、真剣に考えないといけないと思います。
川田 :ちんどん屋は大阪で始まった野外広告業。もう“終わった”といわれながらも百年続いている。これ以上衰退している産業はない(笑い)から、ちんどん屋が頑張ることで、「あいつらがあれだけやるんだったら、おれらも頑張ろう」って思ってもらう。そのためにぼくらも頑張ろうとなるんです。
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| (大阪民主新報 2003年1月5日号 掲載) |

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