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 Vol.3 本物の日米関係築こう
 元アメリカ海兵隊員 アレン・ネルソンさん
(1) “戦争しない”日本こそ誇り
(2) ボブ・ディランの「風に吹かれて」
(3) 報復戦争の理論は絶対に通用しない
(4) 日本を守ってきた9条を守るために
 ベトナム戦争体験者として憲法第9条の大切さを訴えている元米海兵隊員アレン・ネルソンさんと、平和・独立・民主の日本をめざし活動を続ける日本共産党の宮本たけし参院議員が初顔合わせ。平和と音楽をこよなく愛する2人だけに、平和運動との出会いから始まった対談は、ギターを手に反戦平和を歌いあう熱い国際交流となりました。
アレン・ネルソンさん
1947年生まれ。ベトナム戦争参戦前に沖縄の米軍基地に駐留。除隊後、軍隊への入隊を迷う青年の進路相談、貧困家庭の子どもたちの学習の場づくりに尽力。96年の米兵による沖縄少女暴行事件後、日本を何度も訪れ、米軍基地撤去の必要性と憲法第9条の大切さを訴え続ける。ニューヨーク市在住。



1. “戦争しない”日本こそ誇り
ネルソンさん
9条がアメリカにもあれば
元アメリカ海兵隊員
アレン・ネルソンさん
ネルソン :ベトナム戦争から帰ってきた時、私は22歳でした。部屋に引きこもっ て食事も出来ず、夜になるとうなされてわめく状態が続き、親から出ていけと言われてホームレスにもなりました。
 ある日、小学校教師をしていた友人から、子どもたちに戦争体験を話してほしいと言われて教室に出かけ、戦争の恐ろしさを語りました。その時、一人の女の子に「アレンさんも人殺しをしたの」と聞かれ、私は躊躇(ちゅうちょ)しながら「イエス」と答えました。子どもたちは私を殺人鬼だと言って逃げてしまうだろうと思いました。ところが寄って来て私を抱きしめてくれました。この時、若い人たちに戦争の真実を伝えることが必要だと思ったのです。


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2. ボブ・ディランの「風に吹かれて」
宮本さん
“戦争しない”日本こそ誇り
日本共産党参院議員
宮本 たけしさん
宮本 :私の場合、父親が核兵器廃絶運動をしていて、私も中学2年の時、原水爆禁止世界大会に参加するために初めて長崎に行きました。原爆資料館を見て被爆者の方の話を聞いて大きな衝撃を受けたのですが、そういう爆弾がいまなお何万発と存在していることを知り、原水爆禁止運動に関わろうと思ったんです。
 それと15歳の時にフォークソングを始めたんですが、当時はベトナム戦争終わりごろの泥沼のような時代でした。ボブ・ディランの「風に吹かれて」などの歌に出会い、戦争の恐ろしさと同時に、アメリカでも反戦の大きな世論があることを知りました。そしてさらに日本がアジアを侵略した事実も学びました。
 ヒロシマ・ナガサキは日本が確かに被害者でしたが、太平洋戦争は日本の侵略戦争でした。なぜ戦争を止められなかったのかと思った時、当時、大変な弾圧を受けながら侵略戦争に反対した人たちがいたこと、日本共産党がその先頭に立ったということを知り、党の活動に加わることになったのです。


ネルソン :私の子どものころはマッカーシズムが吹き荒れ、共産主義は悪で怖いものだとされていました。ところが日本に来て日本共産党の方たちと接している中で、本当に未来を志向し、未来に生きようとしている人たちだと思いました。平和の問題を中心テーマに置き、献身的に活動している日本共産党に私は感銘を覚えています。

宮本 :同時多発テロ事件が起きた時、衝撃的な映像を何度も見て、本当に許せないと思いました。ただその直後に始まった報復戦争にも疑問を持たざるを得ませんでした。果たして戦争でテロを根絶できるのか。一方的に武力攻撃を仕掛けるということは、むしろテロとのたたかいを非常に困難にするのではないかと。

ネルソン :私は世界貿易センターまで車で25分の所に住んでいますが、9月10日帰国したばかりでした。ビルが崩れるのを見て思ったのは、あの中で何千の人が犠牲になったか、これはたまらないことでしたが、同時に報復戦争でさらに多くの人が殺されるのではないかということでした。テロ攻撃をやった者は正しく裁かれるべきですが、報復戦争は結局罪無き人を殺すことになるのです。

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3. 報復戦争の理論は絶対に通用しない
宮本 :今日は米紙ロサンゼルスタイムス9日付の記事をインターネットで取り出してきたんですが、ブッシュ大統領はここで7つの国を核兵器攻撃の対象にあげています。その前の一般教書演説では3国を「悪の枢軸」と言いました。今回の報復戦争では、テロへの報復と称して何の関係もないアフガニスタン市民が殺されました。数千人のアメリカ人が殺されたから数千人のアフガニスタン人を殺していいという理論は絶対通用しません。

ネルソン :イエス、イエス。

宮本 :これは結局新たな報復、新たな憎しみを生むばかりか、こうした問題を法とルールに基づいて解決する道筋も破壊される。ある者をテロ組織と決めつけ、その組織をかくまっている国だといえば一方的に軍事攻撃を仕掛けていいという言い分が通るなら、自分たちはアメリカと同じことをやっているだけだというイスラエルの言い分も非難できなくなります。イスラエルの戦争もただちにやめて平和のルールに戻るべきだし、それに口実を与えたアメリカの報復戦争も間違いだったと言うべきだと思います。

ネルソン :アメリカでは民主党の二人の議員がブッシュの好戦的な方向に対して批判的なことを言いましたが、上院全体としては全面的にブッシュの政策を支援しようとしています。その一方で、私も参加しましたがニューヨークで1万2千人の報復戦争反対集会が開かれ、イスラエルでも政府の戦争政策にたいし反戦運動が起きています。日本の一般マスコミだけに頼っている人は、こういう動きを知らないでしょうが、それはアメリカのマスコミが日本の平和運動や基地反対闘争を報道しないもとで、アメリカ人がそうした運動を知らないのと同じなのです。

宮本 :テロ事件後の日本政府の対応は、アメリカの報復戦争にいかに協力するかというものでした。私はテロ対策特別措置法の審議にも関わってきましたが、もちろん憲法違反だと反対しました。国会の憲法調査会という憲法議論のメンバーにも入っていますが、そこでも自民党など与党は憲法、特に第9条は変えるべきだと言っています。

ネルソン :憲法9条では戦争を捨てて平和な交渉の場につきなさいと言っています。彼らはそのやり方を知らず、非暴力の力を理解していないのです。
 6年前、初めて日本に来て9条を英文で読んだ時、私は信じられませんでした。ホテルで立ち上がって読み、ショックで足が震えました。これは我が心の師ガンディーかキング牧師が日本国民に書き与えたものではないか、アメリカにもこんなものがあったらと。


宮本 :日本は戦後57年間、外国人を一人も殺していないし一人も戦死者を出していません。日本国民にとって誇るべきことだと思うのですが、政府は日本が普通の国でないと言い、戦争する国につくり変えようとし、今国会では有事立法と言って、戦争時に国民を強制的に駆り立てる法律まで出そうとしています。しかし私は逆に、日本のような国こそ普通の国になるような世界をつくるべきだと思うんです。

ネルソン :イエス!今度、宮本さんが国会で何か発言する時は、9条をろうろうと読み上げて、それで座ってもいいんじゃないですか(笑い)。

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4. 日本を守ってきた9条を守るために
対談宮本さんとネルソンさん ネルソン :講演先で日本の先生たちが、「この子たちは戦争を知りませんで」と申し訳なさそうに言われることがあります。しかし日本の子どもたちが戦争を知らないこと自身が憲法9条の力なのです。子どもが戦争を知らない、日本の若者が他国の人を殺していない、自分たちの家族が戦争で殺されて葬ることをしなかったことこそが憲法の力なのです。日本人は憲法9条に守られてきたのだから、今度は9条を守るために頑張ってほしいのです。

宮本 :日本とアメリカの関係は本当に不幸な歴史でした。ペリーさんが黒船に乗って来た時は不平等条約が結ばれ、その後日本には軍国主義が現れ、太平洋戦争では互いに殺し合う敵対関係でした。そして戦後は米軍基地に見られるように、事実上の占領下のような形で日本政府はアメリカの言うままになっています。

ネルソン :私は日本の本土や沖縄にある米軍基地と演習を見るたびに恥ずかしくなります。基地の周りでは狭い所に民家がひしめきあい、駐車場を造る余地もなく、男の子が広大な基地の中をうらやましそうに見ている。中では白人兵士がバーベキューを作っている。こういう状況を日本の政治家はどう説明できるのでしょう。そこは日本人の小さな子の土地ではないですか。正しく考えれば基地はアメリカ本土に引き揚げるべきです。

宮本 :21世紀には平和のために対等平等に手を握りあえる日米の友好関係、日米両国民の本当の友情をつくりたいですね。私もあなたと同じように日本の国会で全力で頑張りたいと思います。

ネルソン :今度はぜひ平和のためのセッションをしましょう。


(大阪民主新報 2002年3月31日号 掲載)
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