「今日のタックル」
2003年12月のバックナンバー
◇◇◇ 12月1日(月) 二人の死 小泉政権に猛烈な怒り ◇◇◇
昨日の大阪市長選挙は、渡辺たける候補は19万票あまりを獲得し、善戦したものの及ばず、「オール与党」がかついだ前助役が当選。しかし懸案の「第3セクターの処理」問題など、マイクを向けられてもしどろもどろで、これからの市政運営の一つひとつの局面で、市長の市政が問われることになりそうです。渡辺さんご苦労様でした。
朝7時から枚方市の香里園駅前に黒田まさ子府議や石村淳子枚方市議らと立って朝の宣伝。私のリーフは好評で多くの人が受け取ってくださいました。7時45分で私の訴えを切り上げ、京阪電車で丹波橋へ。車中、私のリーフを開いて見てくださる人が・・・。「おはようございます。ありがとうございます。そのリーフの本人です」と声をかけると、みんな驚いて、話が弾みます。思わず降りる駅を間違えてしまうほどでした。
京都から、「のぞみ」で上京。新幹線の車中、新聞紙上で、イラク北部のティクリートで武装集団に襲われ死亡した2人の外交官の顔写真を見て絶句。そのうちの一人、在英日本大使館の奥克彦参事官は私といっしょに何度もラグビー試合をしたチームメイトではありませんか。すぐに外務省に問い合わせ確認しました。
私は、国会にあるラグビー愛好国会議員連盟の一員として、外国国会議員ラグビーチームと対戦をしてきましたが、国会議員だけでは頭数が足らず、いつもメンバーに入ってくれていたのが早稲田大学ラグビー部OBでもある奥参事官でした。私はフォワード、彼はバックスなので「スクラムを組む」ことはありませんでしたが1999年英国で行われたワールドカップラグビー大会のプレ企画「国会議員ワールドカップラグビー試合」でもいっしょにプレーをした仲です。
そういえば2001年、私のところへ「在英日本大使館勤務になりました」とごあいさつに見えられ、「奥さんはオックスフォードに留学経験もあり、英語力はたしかだから・・・」というような会話を交わしたのを覚えています。私の頭の中では「奥さんは英国へ行った」という記憶しかありません。その彼が、なんでイラクで命を落とさねばならないのか・・・まさに「寝耳に水」の話でした。
新聞によると今年4月、まだ米軍による戦闘が続く中、在英日本大使館付のままイラクに派遣されていたのです。衝撃でした。ラグビーの試合でぶつかり合った肉体の感触すらまだ覚えています。新幹線の車中で、思わず涙がこみ上げました。
彼を直接的に殺したのはテロリストであり、テロはどんないきさつがあろうとも断じて許されません。しかし、テロリストに狙われるような条件の下で彼をイラクに行かせたのは小泉首相であり川口外相です。
たしかにラガーマンらしい頑強な体格の人でした。しかしどんなに頑強でも、自動小銃の前にそんなものが何の役に立つというのか・・・。日本や英国にいれば、いやイラクに行ったとしても、世界の流れに逆らって日本政府がいち早くアメリカのイラク戦争支持などということをしなければ、けっして45歳などという若さで死ぬことはなかったであろうこの有能な外交官のことを思い、それでもなお「自衛隊のイラク派兵の方針に変更はない」などとうそぶく小泉政権に猛烈な怒りがこみ上げました。
今日はそんな思いを引きずりながら、「全国過疎地域自立促進連盟定期総会」「全国学童保育連絡協議会との懇談」「大阪民主新報の企画の松元ヒロさんとの対談」「高校30人学級実現、私学助成拡充大阪請願団、前夜のつどい」などを駆けめぐりました。
▲○▼ 12月2日(火) 公社化後も変わらない郵政の体質 △●▽
今日は、昨夜のつどいでお会いした「高校30人学級実現、私学助成拡充大阪請願団」の皆さんの訪問を受け、請願署名を受け取って懇談。
その後、総務省を呼んで、「九州一円で、大量の年賀ハガキが金券ショップに持ち込まれている」という読売新聞の報道について説明を聞きました。ところが、やって来た総務省の担当者は、「公社になったので経営に干渉するわけにはいかない」という態度。「発売日前に、未開封のハガキが段ボール単位で持ち込まれている。おかしいではないか」と言っても、「それは公社の内部規律の問題。違法なことがない限り口出しできない」というのです。
私は、国会議員になって最初の質問で、当時の郵政省が「営業」と称して、幹部職員に自腹で大量の切手やハガキを買い取らせているということを指摘しました。このような実態は、郵政事業庁になっても公社になってもまったく改善されていません。郵政公社化関連法案の審議の時には、「民間的な手法を取り入れて効率的で透明な経営になる」などと、説明していましたが、結局のところ、腐敗や前近代的な体質はまったく変わらないままで、国会を通じた国民のコントロールが効かなくなっただけだと言わざるを得ません。
昼休みには、全国建設労働組合総連合の皆さんとの懇談会に参加。建設国保への国庫補助等について、ご要望をお聞きしました。また、全建総連の皆さんから庶民増税に反対するとの内容の要望書を受け取り、来年度予算編成に向け、働く皆さんのくらしを守るために党議員団を挙げてがんばる決意を新たにしました。
午後2時から政令指定都市の日本共産党議員団との懇談。冒頭のあいさつのなかで穀田議員は、いわゆる三位一体改革をめぐって、あらたな地方への負担転嫁の動きが表面化していることの危険性を指摘しました。私も、「補助金削減と税源移譲が一体ならよい、というのでなく、小泉内閣の進めていることが三位一体の名での地方財政の縮減だと言うことを見据えてたたかう必要がある」と話しました。
あわただしく事務所のスタッフと明日の段取りを確認した後、のぞみで大阪へ。「武富士の武井会長逮捕」を車内の電光ニュースで知って、事務所へ電話をしてみると、赤旗の社会部がこの件についてコメントを求めてきているとのこと。さっそく編集局に連絡して、今後も追及する決意を伝えました。
市内のエルおおさかで開かれた消費税をなくす会の総会に出席し、党を代表してのあいさつ。
△▽△ 12月3日(水) お二人の遺影にお参りを △▽△
朝7時50分のJAL便で上京。羽田からモノレールで浜松町に出て、浜松町駅近くの外務省に直行。外務省一階ロビーに設けられた、奥参事官、井ノ上三等書記官の記帳所で、お二入の遺影にお参りし記帳。奥参事官の遺影の前には早稲田大学のラグビーのジャージのミニチュアが飾られ、いっそう悲しみがこみ上げました。
その後、議員会館へ。部屋で事務処理などをしていると、「武富士」問題でジャーナリストが来訪。詳しい話が聞きたいとのことで、私がその後つかんでいる事実なども含めてお話ししました。武井会長逮捕でついにこの問題が社会的大問題になってきたようです。
正午前、あわてて議員会館発。NHKホールでひらかれた全国町村長大会に来賓として出席。壇上にかけつけるとちょうど小泉首相のあいさつが始まったところでした。会場には大きな垂れ幕スローガンが掲げられ、「市町村合併の押しつけ反対!」「地方交付税制度の堅持!」などと大書されています。
小泉首相は「『地方交付税制度の堅持』とかかげられているが、私も地方交付税制度をすべて否定する気はない。しかし改革は必要だ。国も地方も今、改革が求められている」などとあいさつ。会場から「まず自分たちが改革しろ!」のヤジが・・・。勇気あるヤジに思わず「そのとおり!」と言ってしまいました。ところが主催者は首相あいさつのあと「公務多忙の中、駆けつけてくださった小泉総理に対して、『小泉総理万歳!』を三唱したい」などと言い出しました。
「三位一体改革」などと言って、地方財政と地方自治を破壊する小泉首相に「万歳!」などと言えるものですか。私はそれを聞いて、すぐに壇上から降りました。「万歳」が終わった後、客席を回り大阪から上京してくださった町長や村長さんにごあいさつをした後、NHKホールを後にし、総務省に直行。
1時過ぎ、「全国生活と健康を守る会連合会」(全生連)のみなさんとご一緒に山口俊一総務副大臣に面会。国保の問題、生活保護の問題、年金の問題などについての全生連の要望書を手渡し、副大臣と懇談。全生連のみなさんからは高すぎる国保料が払えず、国保証が取り上げられ医者にもかかれない状況が大きくひろがっている生々しい実態が出されました。
国保証の取り上げについて「これは厚生労働省の問題」と逃げる副大臣に対して、私は前日大阪市当局が私のところに提出した要望書の中に「国保事業運営の基本財源である普通調整交付金に付いて、保険料収納率のみで減額を行う現行基準の撤廃を」という項目が上げられていることも示して、国が制度として国保料の収納率の低い自治体にペナルティを課すことによって自治体に「国保証の取り上げ」をさせていることを指摘すると、副大臣は反論不能になってしまいました。
午後2時から国会に帰り、憲法調査会。今日は秋の海外派遣報告を受けての論議です。
その後国会を出て「のぞみ」で帰阪。中央区の日本共産党女性後援会「アトムの会」のつどいに参加。私の講演の前にシンガーソングライターの「かわさきゆたか」さんが歌うというので、私も自前のギターを取り出し、いっしょに一曲・・・。
かわさきゆたかさんとは私が高校生の頃からの付き合いで、若い頃、播州赤穂まで2人でライブをしに行ったこともあります。出会えば旧知の仲、すぐに合わせることもでき、おおいに盛りあがりました。その後、1時間にわたって講演。
「元気の出る話を」というリクエストでしたが、はたしてご希望にそえたでしょうか。
○×○ 12月4日(木) 七道駅でイラク派兵やめよと訴え ○×○
朝7時30分から南海本線七道駅で、石谷花子堺市会議員とともに朝の国会上京前駅頭宣伝。昨日、イラクで命を落とした奥参事官の記帳に行ったことも紹介しながら自衛隊のイラク派兵をただちに中止し、アメリカの軍事占領をやめて、国連中心の復興・支援に切り替えよと訴えました。
宣伝後、新大阪から「のぞみ」で上京。正午ごろ東京駅に到着し、議員会館へ。
午後1時から国会内で全腎協(全国腎臓病協議会)の代表のみなさんと懇談。会長からは先日、岸和田でひらかれた総会に出席してごあいさつしたことへのお礼お言葉もいただきました。
前回の診療報酬改定で透析時間を4時間以内に限定したり、給食代の保険適用をはずすなど改悪がすすめられました。いま中医協(中央社会保険医療協議会)で診療報酬改定に向けての議論が大詰めを迎えています。腎臓病患者の皆さんの命と医療を守るために、ともにがんばります
。
懇談の場を飛び出し、日比谷公会堂で開かれた国保制度充実をかかげた大会に参加。この大会は全国知事会や市長会、町村長会、議長会など地方六団体も加わって、毎年ひらかれているものです。来賓として紹介された後、大阪から参加されたみなさんにごあいさつしました。
その後は、国会にとどまり作業。
☆★☆ 12月6日(土) イラク派兵阻止の国民運動に全力 ☆★☆
朝8時30分の「のぞみ」で帰阪。11時過ぎ、新大阪着。その足で北浜、野村証券ビル前へ。大阪府下の争議団が一堂に集まって統一行動の集会が開かれました。そこに駆けつけて連帯のあいさつ。
私は5年前国会に送っていただいて最初に携わった法案が「旧国鉄債務処理」の法案であり、そこでは国鉄闘争1047名の問題をとりあげました。その後、住友ミセス裁判のたたかい、NTT11万人リストラ反対のたたかいと、働くみなさんのたたかいと二人三脚で国会活動をすすめてきました。
その他にも関西航業のたたかい、大証・仲立証券のたたかい、、クラボウ裁判のたたかいなど、府下各地すべてのたたかいで国会の内外でともに連帯してたたかいぬく決意を申し上げました。
午後12時15分、中之島公園女神像前での「自衛隊を戦場に送るな!12・5緊急昼休みデモ」の出発集会に参加。日本共産党を代表してあいさつ。私は亡くなった外務省奥大使とともに写ったラグビージャージ姿の写真をかかげ、これ以上の犠牲は断じて許されない、何としても自衛隊派兵を中止させようと訴えました。
その後、みなさんと北新地駅周辺までデモ。取材に来ていたMBSのテレビカメラが奥大使と私が写った写真をかかげて行進する姿を追います。デモ終着点で、MBSのインタビューを受けました。「川口外相は『自衛隊の派遣こそ、殉職した二人の外交官の遺志を受け継ぐ道』などと言っているが、どう思うか?」との問いに、奥大使(当時参事官)が「外交フォーラム」11月号のレポート「イラクの戦後復興における国連の役割」にも触れながら、「奥さんは国連の役割を大いに強調していた。米軍の手先のようなかたちで自衛隊を派遣することは、決して奥大使の遺志にそうものではない」と答えました。
昨日の夕刻のニュースで私の行進姿は流れましたが、インタビューは割愛されたようです。
夜は大阪教職員後援会の総会と懇親会に駆けつけ、「教え子を戦場に送るな」という運動の原点がいよいよ問われる局面、イラクへの自衛隊派兵反対の国民運動を、ともに全力をあげてすすめましょうと呼びかけました。
○▽○ 12月6日(土) 大阪選挙区ただ一つの革新の議席 ○▽○
先日開催された第10回中央委員会総会を受けて、大阪府党組織の府委員会総会が開催されたました。私も大阪府委員の一人として終日参加しました。いつもは山口勝利大阪府委員長の報告を聞いて、国会報告の発言をして公務のため退席することが多いのですが、今回は先の総選挙を総括し、来年夏の参議院選挙必勝へ、府党組織の意思統一をはかる総会。候補者として討論にも参加し、決定に加わることは当然だとの決意からです。
総会では、西森洋一さんや長谷川良雄さん、藤井幸子さんなど、小選挙区候補として総選挙をたたかい抜いた府委員のみなさんも発言され、10中総の「確信にすべきは確信に」との立場で議論が深められました。また参議院選挙比例区での市田書記局長の議席の絶対確保と選挙区必勝の決意も固めあいました。
もちろん来年の参議院選挙は、大変厳しい闘いです。小泉親司さん、岩佐恵美さん、池田幹幸さんという3人の現職議員の立候補を取り止めてでも、比例代表選挙で5議席を絶対に確保する闘いに正面から取り組む選挙です。比例5議席を絶対確保できれば大阪選挙区の私の議席は確実に確保できるか・・・といえばそうは言い切れないのが現実です。
しかし、私たち日本共産党の国会議員は、議員である前に日本共産党員であり、日本共産党の職員なのですから、日本共産党の前進のために死力を尽くすのがつとめであり、そこに国民の苦しみがあり、そこに日本の未来を危うくする悪政がある限り、何があってもたたかいぬくのです。私の尊敬する故・黒田了一元大阪府知事の言葉「革新の大義に生きん身のかまえ 私心なければ揺らぐことなし」というのが私の信条です。
政党選択選挙で日本共産党の値打ちをおおいに語り、日本共産党への支持という確かな土台を思い切ってひろげながら、その上に府党組織と私のもてるあらゆる力を結集して、これまでのどんな選挙をもうわまわる量と質のとりくみをやり抜いて、大阪選挙区にたった一つ残された、この革新の議席を守りぬく決意です。
府委員会総会終了後、市田忠義書記局長とともに、大阪府知事選挙の革新民主の候補者、梅田章二さんの事務所を訪問。梅田さんとごあいさつし、懇談しました。
○◎○ 12月7日(日) 「議員になる前は何を・・・?」 ○◎○
茨木市の「しんぶん赤旗、早朝配達、集金者の労をねぎらうつどい」に参加。主催者からはメッセージの依頼でしたが、「ぜひとも参加させてください」と私がお願いし、駆けつけました。
私は、マスコミのインタビューなどでも「議員になる前は何を・・・?」との質問には「しんぶん赤旗の配達や集金です」と答えて、驚かれることが多いのですが、これは事実で、大阪北地区委員会という大阪駅前にある共産党の事務所で「機関紙部長」という新聞の仕事をしていました。そしてそれは、私の誇りです。日本共産党にとって「しんぶん赤旗」の果たす役割は「党の命」ともいうべきものであり、それを配達・集金することは日本共産党の活動の基本でもあります。
私のいた北地区には有名な「北新地」があり、北新地のクラブやバーでもしんぶん赤旗を購読下さっているお店がたくさんありました。その集金に回るのですが、北新地の集金は時間に気を遣うのです。昼間行ってもお店は閉まっています。夜行くとお客さんがいて、お店に怒られます。ちょうどお店の準備が始まって、お客さんがお見えになる前に行かないと話になりません。
そういう時刻を選んでお店に飛び込み、日曜版650円の集金(当時。今は800円。)ママさんとお話しするのです。景気のことや税金のことなど、この時間なら話が弾みます。時々「お兄さんも、夜、飲みに来てよ」などと言われますが、とても私なんぞが夜入れるお店じゃありません。一回座れば「しんぶん赤旗」日曜版100ヶ月分ぐらいのお店ですからね・・・。
でも、そういった営々とした「しんぶん赤旗」配達・集金の努力こそ、党と国民を結び、国民に真実を伝え、私たちの党への信頼と支持をかちとる活動です。それを担っておられるみなさんに心からの感謝と連帯の思いをお伝えするとともに、その「しんぶん赤旗」をいっそうひろい国民のあいだにひろげてゆく、決意を申し上げました。
○◎○ 12月8日(月) TBSで武富士追及の場面を放映 ○◎○
今日は朝の「のぞみ」で上京。午後から「民青新聞」の取材を受けました。いよいよ武井会長逮捕にまで追いつめた「武富士」問題です。私からは青年たちにわかりやすいように、武富士の「儲けのためならルール違反もいとわない」という体質はどこからきているか。そもそも「サラ金」というものが「利息制限法」という法律を平気で踏みにじるものであることなども説明し、「『気軽にキャッシング』なんていう宣伝に乗せられないように」と付け加えておきました。
「民青新聞」の取材の後は、国会宮本チームの会議。12月21日に岸和田高校の卒業生など関係者の皆さんが計画して下さっている「宮本たけしを励ますつどい」で上映するビデオの編集の詰めの作業に入っています。聞くと、去る12月7日、午後5時30分からTBSの「報道特集」が「武富士会長の野望の軌跡」という番組を放映しましたが、その中で私の「個人情報保護特別委員会」での追及場面が流れたとのこと。それもビデオに取り込もうということになりました。
国会ではいよいよ明日、小泉内閣は自衛隊をイラクに派兵するための「基本計画」を閣議決定するとのこと・・・わが党国会議員団は急きょ明日の予定を全部とりやめて、国会議員はみんな全国に散って、「基本計画決定糾弾、イラク派兵やめよ!」をかかげて街頭演説に立ち上がろう・・・ということになりました。
今日は宿舎で寝て、明日朝一番の「のぞみ」で帰阪することになりました。
◆◎◆ 12月9日(火) 首相の憲法前文の曲解は言語道断 ◇●◇
ついに本日、小泉内閣はイラクに自衛隊を派兵する「基本計画」を閣議決定しようとしています。朝8時過ぎの新幹線で帰阪。正午にはJR天王寺駅前で市田忠義書記局長とともにマイクを握ります。
帰阪の新幹線の中で「武井、武富士会長辞任」のニュースが・・・。ついに私の追及がここまで武富士を追いつめました。
正午に天王寺駅着。天王寺区の小南かおる市会議員、民青同盟の三輪大阪府委員長、そして市田忠義書記局長、参議院議員とともに小泉内閣の「基本計画」閣議決定を糾弾する演説をやりました。天王寺陸橋前は見る見るうちに黒山の人だかり・・・。この問題での関心の強さ、国民のみなさんの不安がビンビンと伝わってきました。
演説の後、10月末にJR大阪本社に申し入れていた「バリアフリー全駅調査」のJR分の進捗状況を聞きにJR大阪本社へ。ところが担当者が不在で「状況わからず」との返事・・・この問題でのJRの姿勢にちょっと疑問を持たざるを得ませんでした。
夜は、岸和田で行われた「ワークショップ岸和田」開設をめざす、ボニージャックスコンサートで来賓あいさつ。
「場違いか」とも思いましたが、どうしても今日閣議決定された、自衛隊のイラク派兵の「基本計画」の問題に触れないわけにはいきませんでした。
小泉首相は「基本計画」閣議決定後の記者会見で、日本国憲法前文を朗々と読み上げました。それも「われらは、いづれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであって・・・」というところのみを読み上げて自衛隊派兵の根拠に使おうなどというのは、まさに言語道断です。憲法を語るならすべてをきちんと語りなさい。
憲法前文は冒頭に「政府の行為によって再び戦争の惨禍がおこることのないようにすることを決意し・・・」と述べるとともに「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した」と高らかに宣言しています。
首相が引用したのは、その後の部分であって、それが軍隊を外国に派兵するなどということを意味するものではないことは憲法学の常識です。私は参議院憲法調査会に身を置くものとして、このような首相の憲法前文の曲解を断じて許さず、自衛隊のイラク派兵に反対し、憲法9条を守るために、全力でたたかいぬく決意です。
□◇□ 12月10日(水) 武富士会長逮捕でマスコミ取材 □◇□
午前中はある有名月刊誌の記者が取材に来室し、取材を受けました。
「武富士」会長逮捕、辞任で私に対するマスコミの取材も増え続けています。多いのは私の手元にある資料がほしいというもの・・・。しかしこれは簡単にお渡しできるものではありません。私と資料提供者との信頼関係にかかわるものですから、私の責任で絶対に信用できると判断できる相手でなければお断りしています。
午後12時30分から、「イラク派兵反対、憲法9条守れ」と国会前に座り込んで下さっている市民団体や、視力障害者団体のみなさんに国会の情勢を報告し、連帯と激励のごあいさつ。
続いて、午後1時から郵産労(郵政産業労働組合)中央本部役員のみなさんと党国会議員団との懇談。国会議員団からは、今度新しく衆議院で総務委員会を担当されるようになった塩川てつや衆議院議員が参加。今年4月発足した郵政公社後の職場の状況、郵政民営化議論の現状などについて意見交換しました。
午後3時に議員会館を飛び出し、3時33分発の「のぞみ」で帰阪。7時には大阪業者後援会の総会に駆けつけ、来年夏の参議院選挙の必勝をめざし決意表明しました。
◎_◎ 12月11日(木) 総会の内容をギターで説明!? ◎_◎
朝から新日本婦人の会大阪府本部にうかがい「日本共産党新婦人内後援会」のみなさんに先日開催された第10回中央委員会総会の内容について報告。冒頭ギターを持ち出して、昔よく歌った「腰まで泥まみれ」という歌を一曲歌いました。イラク情勢が泥沼化するもとで自衛隊派兵を強引にすすめる小泉政権・・・どうしても歌いたくなりました。
会場から大きな拍手とともに「10中総の説明全部、歌でやってよ」の声が・・・。そんな都合のよい歌はありません・・・。
松元ヒロさんとの対談の紹介から始まり、総選挙の結果をどう見るか、その教訓と反省点、そして参議院選挙をたたかう方針にいたるまで、約40分間しゃべりにしゃべりました。終わった後「よくわかりました、本当に元気が出ました」との感想もいただきました。
夕刻からは日本共産党の大阪府後援会の総会であいさつと決意表明。来年の参議院選挙は大変厳しいたたかいです。わが党はまず政党選択の選挙である比例代表選挙で、市田書記局長を含む5議席の絶対確保のために死力を尽くします。それを土台に、ありとあらゆる分野で勝利をきりひらく奮闘をやりぬく決意を表明しました。
◆◎◆ 12月12日(金) 岸和田市長と市役所幹部を訪問 ◆◎◆
今日は「宮本たけしを励ます岸和田高校関係者の会」の準備会合が、岸和田市内でおこなわれ、私も参加しました。私の高校の大先輩たちや恩師が集まって下さって、12月21日の「つどい」をどうやって盛り上げるかいろいろな知恵もだしていただき、いよいよ取り組みが本格化してきました。
会合に先立って、岸和田高校の先輩でもある中井良介岸和田市会議員とご一緒に、原岸和田市長や岸和田市の2人の助役さん、収入役、教育長、水道管理者など、特別職の理事者のみなさんのところにもごあいさつに伺いました。そうなのです。私の住む岸和田市の幹部職員はことごとくわが母校、岸和田高校の卒業生が占めているのです。
今日一日、岸和田高校の先輩たちとご一緒して、政治的立場はともかく「岸和田高校出身の唯一の国会議員としてがんばってくれ」という熱いご期待をひしひしと実感しました。
午後4時には岸和田市を出て、大阪駅へ。午後5時から大阪駅東口で「消費税をなくす大阪の会」のみなさんと一緒に、消費税増税反対の宣伝署名行動。続いて6時から7時までは日本共産党北福島地区委員会のみなさんと一緒に、イラクへの自衛隊派兵反対の宣伝署名行動。どちらも私がマイクを握ると、かけよって握手して下さるかたもおられて、私のほうが逆に励まされる行動でした。
▽△▽ 12月13日(土) 初当選前に逝った義母の7回忌 ▽△▽
午前中は妻の母の「7回忌」の法要でした。妻の母は私が初当選する半年前、ガンで亡くなりました。私が候補者に決まったときには娘である私の妻の苦労を思い、すぐには賛成してはくれませんでしたが、亡くなる前はお見舞いに来てくれる人達に「たけしさんは、ええ人やから、応援したってな」と訴えてくれていたことを、後から知らされ、本当にありがたく思ったものです。
そんな義母は私の当選を知らずに亡くなりました。あれから6年、いよいよ私も来年は改選の参議院選挙を迎えます。「なんとしても再び勝利を!」妻とともに、義母の霊前に誓いました。
法事の会場を後にして、大阪市内へ。日本共産党中央地区委員会の党会議で決意表明をかねたあいさつ。あいさつの後、「福井ひろしさんを偲ぶつどい」に参加。「つどい」には関西経済同友会の萩尾千里事務局長もお見えになり、追悼の言葉を述べられました。福井さんは元大阪府職労の委員長で、引退されてから雑誌「レボレスト(Laborest)」を創刊。「Laborest」というのは「Labor(労働)」と「Rest(休息)」を足し合わせてつくった造語です。
また福井さんは政府の介護保険制度の違憲性を問う裁判も提起し、「一揆の会」という運動を起こされた方。今、その流れは全国に広がっています。奥様もその遺志を継いで引き続きたたかう決意を披瀝されていました。
夜は「関西勤労協創立50周年レセプション」。私の経済学の師匠である吉井清文先生の主催者あいさつに続いて、来賓としてお祝いの言葉を述べさせていただきました。私は「勤労協に育てていただいた国会議員」といっても過言ではないほど勤労協にお世話になりました。高校生の時はじめて科学的社会主義を教えていただいたのは福田泰久先生でしたし、若い頃「生きがい」や「生き方」論について中田進先生の影響を強く受けました。
岸和田で中田進先生の労働学校を卒業し、民青の幹部として吉井清文先生から資本論を学びました。また私が「卒業」した唯一の大学は、「勤労者通信大学」ですし、その後、鰺坂真先生と哲学の研究会を続けてきたのも本当に私にとっては大きな知的財産でした。そういった理論の蓄積が、今日の国会活動でもおおいに生きていると実感します。
最後に知事候補の梅田章二さんがお見えになり、私もギターを弾いて、みんなで「戦争を知らない子どもたち」の大合唱。最高に盛りあがった、「50周年」でした。
◎◆◎ 12月14日(日) 「殺しても殺されてもならない」 ◎◆◎
正午から「日本共産党西基地タクシー労働者後援会」の焼肉ビアパーティーにご招待いただきました。
私の5年前の参議院選挙は「タクシーの運転手さんたちに押し上げてもらった選挙」と言ってもいいほど、タクシー労働者の熱いご支援をいただきました。駅頭の演説でも窓をあけてじっと聞いてくれ、話が終わると手を挙げたりクラクションを鳴らしたりと、どこでも声援をいただいたものです。
国会では、タクシーの規制緩和に反対する論陣を張ってきましたが、自民や公明はもちろん、民主党まで規制緩和に賛成する中で、とうとう規制緩和の「道路運送法」が強行されたのです。緩和前でさえタクシーは街に溢れていたのに、規制緩和によってさらに激烈な過当競争と「客取り合戦」が続いています。
睡眠時間を削り、食事時間もとらずに走らなければ、生活が成り立たない・・・まさに命を縮める事態が蔓延しています。「どうぞ健康にくれぐれも留意され、安全運転でお願いします。一日も早く命と健康が守られるタクシー職場をつくりましょう!」と心を込めて訴えました。
乾杯もせず、焼肉も食べずに飛びだし、民青同盟大阪府委員会事務所へ。
「高校生平和ゼミナール」の高校生たちにイラク情勢と平和運動の大切さについて1時間の講義。冒頭、ギターを持ち出し、今日は二曲。「まぼろしの翼とともに」という歌と「腰まで泥まみれ」です。
中には中学3年生という子もいて、うちの息子の2歳上ということで「青年運動の先輩」であるとともに「もうすぐ君たちのお父さんの年でもある」ものとして、どうしても語りたいことがある、と切り出しました。君たちは決して人を殺してはいけないし、もちろん殺されてもならない。それが日本国憲法の要請なのだ。という話をしました。
高校生たちは12月21日大阪城公園で「イラク派兵に反対するでっかいパレード」(通称「でかパレ」)を開催するそうで、若者のエネルギーにこちらも元気をもらった学習会でした。
夜は、尼崎で開催された「藤木洋子前衆議院議員をねぎらい、励ますつどい」に参加。参加者のみなさんと交流するとともに、大沢辰美参議院議員(兵庫選挙区)とともに来る参議院選挙の選挙区候補として、ご紹介いただきました。
◆◆◎ 12月15日(日) 駐屯地のある八尾市役所を訪問 ◆◆◎
朝から自衛隊駐屯地のある八尾市役所へ。日本共産党杉本春男八尾市会議員とともに、八尾市の佐々木善次助役に、わが党の「イラク派兵に反対しよう」のアピールと矢野狛江市長の議会答弁を手渡し、「自衛隊の駐屯地を持つ自治体として、イラク派兵に反対の声を上げてください」と申し入れ。市政の現状や「三位一体改革」などについて1時間にわたって懇談しました。
昼には一旦自宅に帰って、岸和田警察署へ免許証の切り替え。私はもちろん無事故・無違反の優良運転者で、今回30分のビデオを見れば5年間有効の免許がもらえます。それもそのはず、車の運転はやっていないんですから事故も違反もあるはずがありません。優良運転者がもらう免許証は「ゴールド免許」というそうですが、私のように、そもそも車の運転をしていないものが「ゴールド免許」だということを考えれば、この世に「ゴールド免許」所持者ほど運転が不安なものはありませんねえ。
夜は「つくろう!くらしと営業をまもる憲法都市おおさか、12・15府民大集合」に参加。なんばの府立体育館は8000名の人たちで埋まりました。私も石井郁子衆議院議員や小林みえ子参議院議員とともに紹介され、会場のみなさんとともに、梅田府知事誕生へ全力をつくす決意を固めあいました。
途中で退席し、8時30分の「のぞみ」で上京。明日の国会日程に備えます。
◎◆◎ 12月16日(火) 国の責任放棄の「三位一体改革」 ◎◆◎
朝10時30分から厚生労働省と文部科学省を呼んで、「三位一体改革」の国庫補助・負担金削減の内容について、それぞれの役所からレクを受けました。小泉首相が「補助金1兆円削減」の号令をかけてすすめられてきた今回の補助金・負担金削減では、厚生労働省分として「保育所運営費負担金」1660億円(平成15年度予算ベース)の削減、文部科学省分として「義務教育費国庫負担金」のうち「退職手当、児童手当」分2300億円(平成16年度概算要求額)を削減して、一般財源化しようとしています。
これらはいずれも児童福祉法や義務教育費国庫負担法にもとづいて国が責任をもってきたもの・・・それを「三位一体改革」などといって切り捨てるなどというのは言語道断です。これは昨日、八尾市の佐々木助役も力説されていたこと・・・。あまりにもひどいやりかたに、はらわたが煮えくりかえる思いでした。
役所はしきりに「これらはいずれも必要な事業であり、必要な財源は確保する」などと言いわけします。「必要」なのは当たり前です。だからこそ国庫補助・負担金になってきたんじゃありませんか。「財源は別のかたちで確保する」というのも奇妙な議論です。もし、削減する補助金と同額確保して、しかもサービスの水準を低下させない、というのなら・・・だいたいなんで変更する必要があるのか?「改革」でも何でもない、「今までどおり」ということではないか?との私の質問に、役人は詰まって何も答えられない始末。「語るに落ちる」とはこのことです。
12時15分、「自衛隊のイラク派兵反対!」と参議院議員面会所前に集まって下さった、緊急議面前集会の参加者に国会報告。昨日のこくた恵二衆議院議員の衆議院イラク特別委員会の閉会中審議での論戦も紹介しながら、草の根からのイラク派兵反対の運動の重要性と、国会の内外で連帯したたたかいの重要性を訴えました。
午後1時から、「しんぶん赤旗」新年号用の写真撮り、近畿選出の衆参両院の議員が市田忠義書記局長も含めて勢揃いして、国会内で写真撮影しました。
1時20分過ぎから、第一委員会室で参議院でのイラク問題での閉会中審議。小泉親司参議院議員が質問に立ちました。
質問では、小泉総理が9日の記者会見で「武器・弾薬は輸送しない」と断言したことをとらえ、「イラク特措法では武器弾薬を『輸送できる』となっている。特措法質疑で『なぜか』と福田官房長官や石破防衛庁長官に問えば、『イラクでは、武器・弾薬と、その他のものがごっちゃに梱包されてくる。これをいちいち開封して、武器・弾薬とその他のものを仕分けることは不可能だ』との説明だった。総理が今回あらためて『武器・弾薬は輸送しない』と明言する以上、全部梱包を解いて、仕分けるということだな」と追及。
答えに窮した小泉首相や石破長官は「日本は『武器・弾薬は輸送しない』と宣言しているわけで、米軍はそれをわかった上で、自衛隊の協力を求めるのだから、そこは守られるものと信頼している」などというふざけた答弁。つまりは「宣言」があるだけで、「決して確かめもしない」ということにほかなりません。
その後、議員団の会議など・・・。今日は終日、国会にとどまって作業しました。
◆◎▽ 12月17日(水) 法務大臣へ法務職員確保の要望 ◆◎▽
朝から石井いく子・こくた恵二衆議院議員、井上哲士参議院議員らとともに、野沢法務大臣と面会し、裁判所と法務省の人員確保と予算の獲得について要望書を提出し、懇談。この間の国家公務員の削減攻撃の下でも、法務省の職員の増員だけは、超党派で取り組まれ、この25年間、毎年全会派一致で請願が採択されてきました。
来年度予算にむけて法務省は500人の大幅増員を要求していますが、政府内の折衝はこれからとのこと。しかも報道によると、公安調査庁など治安・公安関係では一定の人員増が予定されているが、登記所など国民生活に関わる部門の減でそれを吸収する予定などとも報じられています。「そのようなことは国民生活にとって重大な結果をもたらしかねない、全体としての増員を」と申し入れました。
野沢大臣は参議院議員で、参議院憲法調査会の会長をしてきた人で、元国鉄の技官でした。私が交通・運輸の委員会に所属していた頃、トンネルのコンクリート剥落事件で、旧国鉄の工事日誌などの資料を積み上げて質問したところ、私に「いい質問だった」と声をかけて下さり、国鉄当時の苦労話を聞かせてくれたものです。憲法については私と立場は全然違いますが、人となりは実直な人だという印象です。
その後、私の担当する総務省に行き、西村正紀事務次官と面談。国家公務員の「総定員法」を所管する麻生総務大臣あての要望書を手渡しました。
西村氏は旧総務庁の出身で、行政監察畑からの起用。役人らしい杓子定規な答弁に終始。まあしかし、事務次官は委員会では政府参考人として答弁要請できないので、直接会って話ができたのは収穫でした。
さらに、予算を所管する財務省に行き、山下英利財務大臣政務官と面談。
山下氏は参議院議員で先の通常国会での個人情報特別委員会のメンバーだったそうで、私を見て「大変なご活躍で」などとしきりに言うのです。帰り際「また一度ゆっくりと・・・」などと声をかけられ、かえってこちらが恐縮しました。
午後から、厚生労働省前での「国立病院の賃金職員の雇い止めを許すな!」の座り込み行動に駆けつけ激励。
来年4月から、国立病院が独立行政法人化されるのにともない、6000人の賃金職員が雇い止めされようとしています。私は連帯あいさつで、今年4月公社化された郵政公社では、貯金事務センターの再編で東日本地域ですでに3600人、来年度は同じく西日本で1200人、賃金職員の雇い止めがされようとしていること、しかも郵政公社は「中期計画」で、これを「一層の効率化の推進」と自画自賛していることも紹介し「これだけ雇用・失業問題が深刻になっているとき、国が先頭にたって雇用を奪うような理不尽なやり方は断じて許せない」と訴えました。
その後は、議員会館の事務所から、12月21日の「岸和田高校関係者、宮本岳志を励ますつどい」などのお誘いと参加のお願いの電話をかけました。夜の便で帰阪。
△▼△ 12月18日(木) 毎年恒例の大阪日日「各党対談」 △▼△
午後から「大阪日日新聞」新年号の、各党代表討論会に参加。これは毎年恒例の企画で今年で3回め。各党の大阪の代表が集まって、大阪の景気・経済の再生や財政の再建など大阪の問題について徹底討論するものです。
日本共産党からは初回からずっと私が参加、他党はメンバーが入れ替わって来ました。第1回目に参加していた社民党は辻元議員が逮捕されて出てこなくなり、昨年は来ていた保守新党の松浪衆議院議員は落選し、党自体がなくなりました。
というわけで、今年はわが党以外は、自民、民主、公明の3党。自民党府連会長の柳本衆議院議員は欠席し、結局は民主の平野衆議院議員と公明の田端衆議院議員と日本共産党の私の3人で討論がすすめられました。
しかし私が先の大阪市長選挙について「『二大政党の対決』などというが、総選挙直後の大阪市長選では自民、民主、公明みんな仲良く助役を推したじゃないか。『官から民へ』とか『官僚支配の打破』とかいう議論は結局まやかしだったと市民は思うはず」との指摘に、民主党はしどろもどろ・・・
公明党にいたっては「大阪外環状高速道路の実現を超党派ですすめよう」などという有様・・・。民主党も異議を唱えないので、「ちょっと待ってくれ。道路公団民営化議論で計画路線9600・全部つくるのがけしからんという議論がさかんにやられているときに、計画決定さえされていないような高速道路計画を新たにやろうなどというのは不真面目そのものだ」と指摘しておきました。
関空二期の問題にいたっては各党まったく無展望。「全日空の社長でさえ、『一本目の滑走路を有効活用するのが先だ』といってるじゃないか。こういう声をどう受け止めているのか」との問いに、まともな答えはありませんでした。
その後、大正区へ。6時30分から大正区役所前で行われた「イラクに自衛隊を派兵するな」緊急集会に、小谷みすず府議、矢達幸市議とともに参加し、国会情勢報告を兼ねたあいさつ。集会後みなさんとともにデモしました。
★◆★ 12月19日(金) 「反武富士デモ」で新宿署に抗議 ★◆★
朝一番の便で上京。今日は武富士盗聴事件の被害者のジャーナリストやサラ金・ヤミ金問題に取り組む弁護士さん、新聞労連など労働組合が中心となってとりくまれた「反武富士」デモに参加。この間共同で武富士追及をしてきたジャーナリストの寺澤有さんから「このデモには宮本さんの姿がないと・・・」とお誘いを受け、駆けつけることにしました。
急な提起だったにもかかわらず、会場の三省堂文化会館は100人を大きくこえる参加者であふれ、テレビカメラも数台来るという注目の高さ。私もご紹介いただいて、この間の国会での追及と、今後のたたかいの決意を述べました。
デモでは先頭の横断幕を盗聴被害者の山岡俊介さんや、宇都宮健児弁護士らとともに持って行進。デモ終了後、武富士本社と新宿警察署に申入書を持って行きました。武富士は中へも入れず、玄関前で警備員が申入書を受け取るというひどい対応でしたが、もっとひどかったのは新宿警察です。
そもそも警察署玄関で、「代表2名の入場しか認めない」という態度をとり、私が参議院議員であることを述べて同行することを要求しても、それを認めず。「二人だけを中に入れるわけにいかないので、それならここで受け取れ」と言うと、対応した警務課長は理由もあきらかにしないまま「受け取りを拒否する」というふざけた態度でした。まったく反省の色が見えませんでした。
2時13分の「のぞみ」で帰阪。新大阪から十三に直行。午後5時30分から、十三駅前で、姫野浄大阪市会議員や地元の後援会のみなさんとともに「イラク派兵反対」の宣伝、署名行動に立ちました。今日は大寒波。参加されたみなさん、本当にごくろうさまでした。
□◆□ 12月20日(土) 娘の習字の「表彰式」で冷や汗 □◆□
午前中は東京から大阪入りした国会秘書3人も含めて大阪のスタッフとともに「宮本チーム」会議。この間の活動の到達点や検討事項を出しあい、議論するとともに、年末年始のスケジュールなどの打ち合わせをしました。
午後、大阪事務所を出発。八尾市の志紀町西公園で行われた、「イラク派兵反対」を掲げた集会に参加。あいさつをした後、自衛隊の合同宿舎前などをデモしました。先日も助役さんに会いましたが、自衛隊基地のある八尾でも、自衛隊のイラク派兵に対する不安と懸念が高まっているのを実感しました。
デモ終了後大阪市内にとって返して大川哲次弁護士が毎年開催している「忘年会」のパーティーに。大川弁護士とは数年前、大阪弁護士会が岸和田に開設した「岸和田分室」の開設記念パーティーで知り合いました。旅やグルメに一家言ある方で、そういった趣味のつながりが毎年ひろがり続け・・・今年は200人を大きくこえる参加者であふれました。私も乾杯の音頭をとらせていただきました。
乾杯の音頭の後、すぐに会場の新阪急ホテルを出て、近くにある「ザ・ホテル・リッツカールトン・大阪へ。小学校5年生の娘が習字で、なにやらたいそうな賞を頂いたらしくその表彰式と受賞祝賀会だというのです。「朋心社」という書道団体がやっている習作展で、娘が習っている先生の先生である、朋心社会長、新谷泰鵬先生から「会長賞」という賞をいただいたということでした。
半信半疑でお伺いして、新谷先生にもごあいさつとお礼を申し上げましたが、本当のことのようでした。テーブルに戻ると、その「会長賞」に輝いた娘は、テーブルの上の料理をガバガバとたいらげてる真っ最中。ケーキなどは先に帰った人の分も含めて3人前もたいらげて・・・親としては冷や汗ものでした。
●◎● 12月21日(日) 再選へ決意を固めなおした一日 ●◎●
朝から出発して、藤井寺の駅前へ。藤井寺駅頭で革新懇の人たちや、平和団体・民主団体のみなさんと、「イラク派兵反対」の宣伝行動。「建国義勇軍・国賊討伐隊」なるテロリスト団体が逮捕されたことに触れ、こういった団体が叫んできたことこそ改憲であり、しかもこともあろうに大阪選出の民主党衆議院議員がそのテログループの最高顧問をつとめ、210万円の献金も受け取っていたことが明らかになりました。
西村議員と民主党はこのことについて国民にその責任について明らかにしなければなりません。そして、その西村氏と大阪17区の候補者の座を取り引きして、来年の参議院大阪選挙区の民主党候補となった人物についても、その責任はまぬがれません。
午後から岸和田市立産業会館で「岸和田高校関係者による宮本たけしを励ますつどい」。岸和田中学の恩師や岸和田中学の卒業生から先輩がた、私の同窓生、後輩、PTA会長経験者にいたるまで、50人近い方が集まってくださって、励ましの言葉をいただきました。
公務のため出席できなかった原岸和田市長からメッセージをいただいたのをはじめ私の同窓生の宮崎大学工学部、松田達郎助教授もはるばる宮崎から駆けつけてくださいました。また、埼玉からも先輩が駆けつけて下さいました。
「つどい」では本邦初公開の「宮本たけし国会論戦ビデオ」も上映。私がこの5年間の国会活動について50分間にわたってご報告。恩師や先輩、同級生からの激励の言葉に続いて「宮本たけしを励ます岸和田高校関係者の会」の提案がされ、みなさんの賛同で、「会」の結成となりました。
岸校関係者の皆様のあたたかい励ましと激励に触れ、いっそうがんばらねばと決意を固めた一日でした。
△▼△ 12月22日(月) 岸和田市長とイラク問題で懇談 △▼△
今日は、昨日「つどい」に公務でご参加いただけなかった原のぼる岸和田市長をお訪ねし、昨日の「つどい」の報告と、イラクへの自衛隊派兵の問題などについて、率直に意見交換をさせていただきました。
日本共産党市会議員団から小川和夫団長、岸田厚・中井良介両市議が同行して下さいました。中井市議は私の岸和田高校の先輩で、昨日の「つどい」で「励ます会」の役員にもなって下さった方。私から昨日の様子も伝えつつ、中井議員から市長のお力添えもお願いしていただきました。
ついで、市長とイラク派兵問題で懇談。わが党が第10回中央委員会総会で採択したイラク派兵反対の「アピール」や東京・狛江市の矢野市長の派兵反対の態度表明の文書もお渡しし、非核平和都市宣言をしている岸和田市として、反対の意向を表明していただきたい、と申し入れました。
市長は岸和田中学卒業後、陸軍士官学校に進学され、何度も特攻機で飛び立った経験もお持ちの方・・・自らの戦争体験も振り返りながら「憲法9条だけはしっかりと守り抜かなければならない」との決意をしめされました。
私からは、いま財務省の予算原案が固まったことも受け、私が来る通常国会で論戦にあたることになる「三位一体改革」なるものについてもわが党の考えをお伝えし、親しく懇談させていただきました。
V△◎ 12月23日(火) 民主主義を重んじる党の自負 ◎△V
今日は朝から大阪府党会議が開催され、参加しました。
日本共産党は、来年1月13日から5日間の日程で、第23回党大会を開催します。日本共産党の党大会は他党のように「都内のホテルに国会議員が集まって半日で終わる」というようなものではなく、まず数ヶ月前に党大会決議案を中央委員会総会で決定し発表するところから始まります。
全党で発表された党大会決議案の討議をすすめ、賛成、反対両方の意見を掲載した討論誌も今回は第7号まで出されています。討議の場もわが党の活動の基礎単位である支部での支部総会(党員の半数以上の出席が必要)で議論し、地区党会議代議員を選挙し、今度は地区党会議(これも代議員の半数以上の出席が必要)で議論し、都道府県党会議代議員を選挙し、さらに都道府県党会議(同じく過半数で成立)で議論し、党大会代議員を選挙する、という順で民主的な討議が尽くされていきます。
こうして全国から集まった党大会代議員によって党大会が開催され、党の最高の意思決定がなされるのです。わが党ほど民主主義を重んじる党はないと自負しています。
今回の党会議は私は代議員ではなく評議員でしたので、党会議の成否には関係しない立場でした。午前中、山口勝利大阪府委員長が府委員会を代表しておこなった報告を聞いたああと、会場をいったん退出。
午後2時から、グリーン会館でおこなわれたフォークシンガーのすずききよしさんのクリスマスコンサートにかけつけ、私も一曲歌わせてもらいました。イラク情勢を彷彿とさせるピート・シガーの「腰まで泥まみれ」という歌を歌いましたが、すずきさんが貸してくれたギターというのが、ン百万円というマーチンのオールドD−45、ちょっと持つ手が震えました。でもスゴイ音でしたよ・・・。
コンサート会場を飛び出して、ふたたび府党会議に帰り、全体の討論が終わったところで参議院大阪選挙区候補としての決意表明。「岩をこじあけてでも」の決意を述べました。府党会議終了後、明日に備えて上京。
○◎○ 12月24日(水) 厚労省内のファーストフード店 ○◎○
朝10時30分から厚生労働省へ。大阪府保険医協会の住江理事長はじめ近畿から上京された保険医協会のかたがたと、「診療報酬の引き上げ・改善と患者負担の軽減を要求する」申し入れ。
12月18日に出された中医協の最終方針では薬剤・材料分の1.05%引き下げるとともに、診療報酬本体部分は「プラスマイナス・ゼロ」と決められました。
新聞各紙には「診療報酬引き下げ、本体部分は見送り」との見出しが踊りましたが、実はそうではないのです。「プラスマイナス・ゼロ」というのは「プラス分もマイナス分もあるが、全体トータルでゼロ」ということであり、この間国民の要望の強い「小児医療や精神医療、心のケア」などの分野はプラスが予想され、その分その他の部分の診療報酬はやっぱり切り下げられることになります。
私たちの問いに、厚生労働省の担当者は、その可能性を認めました。もちろん私たちは「小児医療や精神医療、心のケア」など国民が求める医療の充実はただちにやるべきだし、診療報酬も引き上げるべきだと考えています。だからこそ「プラスマイナス・ゼロ」ではダメなのです。そういうものを引き上げつつ、他の医療も引き下げない。つまり「引き上げ」でなければ国民の願いにこたえることはできません。
続いて、11時30分、保険医協会のかたがたと財務省に。財務大臣あてにも、同趣旨の申し入れを行いました。
それから、厚生労働省にとって返して、役所の地下で昼食。このごろ役所の地下にはファーストフード店が入っているのです。
私は「サブウエイサンドイッチ」に入りましたが、食べながらふと思いました。これが「民間にできることは民間に」ということなのでしょうが、厚生労働省の地下にファーストフード店というのは、いかがなものかと。
だって、厚生労働省というのは、国民の健康を守るのが使命であって、「健康増進法」という法律もあるぐらいです。「ファーストフードではなく、栄養のバランスのよい食事を」ってなことを啓蒙すべき役所が、地下にファーストフード店をつくって、みんなでそれを食べてたんじゃ話になりません。お隣にはコンビニまであって厚生労働省の職員が列をつくってコンビニ弁当を買ってました。まあ、公務員給与も減らされっぱなしじゃ無理もないか・・・?
「建前とホンネの食い違い」ということでしょうが、まあしかし、厚生労働省が公明党の坂口大臣先頭にやっている行政自身が建前と実態とが全く食い違っているのですから、これはまだ可愛いほうかもしれません。
昼食後、厚生労働省前で「年金の大改悪反対!」を掲げて座り込みをしてくださった全労連や年金者組合のかたがたに連帯のあいさつと激励。
午後からは、来る通常国会に向けての論戦準備など会議が続き、帰阪は明日早朝の新幹線になります。
☆☆☆ 12月25日(木) 子ども達に平和のプレゼントを ☆☆☆
今日は私の44歳の誕生日。さすがに44歳にもなると、誕生日というものも決してめでたくもなくなります。朝6時50分の「のぞみ」で帰阪。私は朝8時30分頃生まれたとのことですが、生まれて44年目の瞬間は「のぞみ」の中で迎えました。
9時30分に新大阪着。そのまま地下鉄で阪神高速道路公団へ。「中津コーポ高速道路建設反対住民の会」のみなさんと要望書を提出して交渉。9月にやった国土交通省交渉にもとづいて、道路公団に迫りました。
阪神高速淀川左岸線は淀川に計画されているスーパー堤防の中を走ることになっています。その安全性を検討する検討会も、公団の中に置かれ、すでに5回も開催されてきたにもかかわらず、その情報すら住民運動団体が情報公開請求して入手するまでいっさい明かさず、公団はひた隠しにしてきました。
このような秘密体質こそ住民の不安と心配の原因であり、情報公開と説明責任は時代の流れです。すべての情報を公開し、住民と納得いくまで話し合い、住民要求を道路計画や設計にきちんと反映するように強く求めておきました。
娘との約束があり、正午に帰宅。昨日、娘がクリスマスと私の誕生日だというのでケーキを買ってくれていたというのです。でも昨夜は帰れなかったので、昼にそれを食べるという約束でした。娘と一緒に自宅で昼食を食べ、ケーキも食べました。私が「ありがとう、高かったやろ?」と聞くと、「お金はおじいちゃんにもらった」とのこと・・・どうやら娘が「買ってくれた」ということでもないようでした。
午後5時に再び自宅を出て、中之島公園女神像前へ。「イラク派兵許すな、憲法9条守れ」12・25キャンドルパレードに参加。私はあいさつで、今日が誕生日だということも述べた上で、「クリスマスといえば子どもたちにサンタクロースがプレゼントをする日。私たちは子どもたちに、他の何ものにも代え難い『平和』をプレゼントするためにここに集まっています」と訴えて、大きな拍手をいただきました。
みなさんと大阪中央郵便局までデモ。終了後、大阪駅前でお茶を飲みにお店に入ったら、デモ参加者のかたがたがおられて、私の誕生日だということで、ケーキをごちそうになりました。みなさんから祝福をいただき、ちょっとめでたい誕生日でした。
×・× 12月26日(金) 突然の訃報、遺影に必勝を誓う ×・×
午前11時から奈良県でとりおこなわれた故中谷恒男さんのご葬儀に参列。中谷さんは大阪で統一労組懇の議長など長く労働運動のリーダーをつとめられ、労働運動を退かれた後も、高齢者運動のリーダーとして活躍しておられました。
とにかくお元気なかたで、マラソンを走られたり、この間は原水爆禁止をめざす国民平和大行進で、「通し行進者」として真っ黒になりながら歩き通すという大したスポーツマンでもありました。
そんな中谷さんの突然の訃報・・・。「急な心不全だった」とのことですが、まったく信じられない思いです。今にも話しかけてきそうな中谷さんの遺影に向かい、来る大阪府知事選と来年の参議院選挙での必勝をお誓いしました。
午後からは寝屋川地域にお伺いし、寝屋川民商のかたと、民商の役員さんのお店を訪問。景気状況や商売のご苦労をお聞きしてまわりました。年末だというのに、どこともお商売は大変。どこのお店でも、「消費税増税は絶対やめてくれ」ということと「年金の改悪は許せない」という声が出されました。
いよいよ来年は参議院選挙の年、「庶民の暮らしと中小企業の営業の応援で、ほんとうの景気対策を!」と大阪中を全力で走ります。
××× 12月27日(土) 堺で赤旗の購読をお願いに歩く ×××
今日は堺の湊地域に入り、せりう堺市会議員とごいっしょに「しんぶん赤旗」のおすすめにまわりました。おもにご商店が多く、お商売の様子などもお伺いしながら、しんぶん赤旗のご購読をお願いしました。
どこでも小泉政権の経済無策への批判や、年金改悪案に対する厳しい怒り、イラク派兵への不安などが出され、日本共産党への期待の声をいただきました。また、先の総選挙の結果について残念な思いをしたこと、そして来年の参議院選挙こそがんばってほしいとの叱咤・激励もいただきました。
2時間程度の行動でしたが、どこでもこころよく新聞を購読してくださって、日刊の赤旗4部、日曜版7部の合計11人の読者が増えました。ご購読下さったみなさん、ありがとうございました。そして私と一緒に行動して下さった、せりう議員はじめ地元党支部のみなさん、ごくろうさまでした。
夜は西淀川区で、民青同盟が開催した「自衛隊イラク派兵」問題の学習会に講師として参加。私の講演の前に、大阪市立大学医学部の学生が「劣化ウラン弾」の問題について30分あまり講演。なかなかわかりやすい講演で私も勉強になりました。
そもそも「イラク戦争」というのはどういう戦争であったのか。世界の流れから見たこの戦争と日本政府の対応の異常さについて、私から青年たちに40分ほど講演した後、感想交流。質疑応答などで、思わず午後9時過ぎまで語り合った、熱のこもった学習会でした。
◎△○ 12月28日(日) 恒例の「しまい不動」で宣伝 ○△◎
朝10時半から「滝谷不動」駅前で、毎年恒例の「しまい不動」宣伝。私は参議院議員に当選して以来、毎年12月28日には滝谷不動で、地元富田林市会議員団や後援会のみなさんとともにごあいさつするのを恒例とさせていただいています。
今年も「しまい不動さん」ご参拝にみなさんにごあいさつしました。もうすっかり、私のことを覚えて下さっている方も多く、道行く人が次々と「がんばってや」「いよいよ選挙やなあ」と声をかけて下さり、握手してくださいます。
滝谷不動の沿道に並んでいる出店のみなさんともすっかりなじみになって、「いよいよ来年の選挙がんばってや」の声援をもらいました。いつも帽子を売っているおっちゃんと今年もお会いし、しばし懇談。「不景気でどうにもなれへんで」「なんとかしてくれなあかんがな」「ほんまやなあ、おっちゃん。こんなひどい政治ないわなあ」と話が弾みました。
午後からは堺市へ。昨日に引き続き、今日は岸上しずき大阪府会議員と浅香山の府営住宅で「しんぶん赤旗」のおすすめに入りました。今日は1時間程度の行動でしたが3人の方が赤旗日曜版の読者になって下さいました。
◎△◎ 12月29日(月) 子ども達の宿題の難しさに驚く △◎△
今日は久しぶりに、午前中は子どもたちとすごしました。子どもたちが冬休みの宿題を教えてくれと言うので、一緒に取り組みましたが、知らない間にずいぶん難しくなっていて驚きました。
中学一年の息子は英語で、「疑問詞」というやつ。小学5年の娘は算数で、四則計算の法則、つまり結合法則、交換法則、分配法則というやつです。教えながら、「子どもたちも大変だなあ」と思いました。
午後から家を出て、大阪事務所へ。事務所のある玉造駅のご近所、玉造商店街でいつもお世話になっているお店などに年末のあいさつまわり。その後、事務所で年末年始のスケジュールの打ち合わせ。
夕刻、大阪事務所を出て、民青大阪府委員会の事務所を訪問。年末の財政活動にとりくむ青年たちを激励しました。
×◎× 12月30日(火) 自民・民主に選挙違反の逮捕者 ×◎×
年末たった一日の休みでした。今日一日休みをもらい、家族サービス。後は、明日から新年にかけて休みなしに走ります。
テレビのニュースでは自民党の新井衆議院議員の逮捕が報じられています。自民党は先の愛知4区の近藤浩衆議院議員(逮捕後辞職)につづく二人目の逮捕者です。
選対本部長をつとめた前所沢市議に現金500万円を渡し、その前市議が所沢在住の有権者18人に約180万円を選挙運動の報酬として配ったというもの。しかもその500万円の出所は、元々国民の税金である「政党助成金」だったというのですから言語道断です。
同時に民主党も、すでに選挙違反による運動員や選対幹部の逮捕者を出しており、連座制の適用を含めてその行方が注目されています。
◎○◎ 12月31日(水) 野崎観音で初詣客にごあいさつ ◎○◎
2003年も今日一日で終わり、いよいよ明日からは参議院選挙「本番」の年です。私は今年は今日から明日にかけて、自宅には帰らず走ります。
今日は日中に毎年恒例の「ふろ掃除」を娘と二人でやった後、夕食に「年越しそば」をかき込み、NHK「紅白歌合戦」の最中に、自宅を出発。
午後11時45分にJR学研都市線「野崎」駅に到着。野崎観音門前に向かいました。
4月に市会議員選挙が行われる、大東の市会議員団とご一緒に、野崎観音に初もうでのみなさんに今年始めのごあいさつ。「あけましておめでとうございます。今年こそ国民にとってよい年になるように全力でがんばります」と訴えました。
たくさんの方が駆け寄って握手して下さるなど、大きな激励をいただきました。宣伝終了後、野崎観音に参拝。
その後車で大阪市内へ。今夜は自宅に帰らず、朝8時からはじまる大阪中央郵便局の「年賀状配達出発式」に備えて、大阪梅田周辺に宿泊しました。