5月29日 憲法調査会(「基本的人権−公共の福祉、義務」に関する参考人質疑)
軍事目的の「公共の福祉」論は成り立たない
<現憲法下での有事法制には「問題」>
<「公共の福祉」で制限は経済的権利>
<宗教団体の政治活動に憲法上の制限>
宮本岳志君 日本共産党の宮本岳志です。
お二人の先生方には大変今日はありがとうございます。
公共の福祉による基本的人権の制約ということが今日の議論のテーマになってきているわけですけれども、中島先生も、そして百地先生も、公共の福祉というにしきの御旗でもうすべて人権が好き勝手に制約できるという立場はお取りになっていないと思うんですね、どちらも、少なくとも。
それで今、他会派の議員からも、今、正に国会で議論になっている有事法制ということも触れられましたけれども、今度の法律、私たち見ますと、明瞭に、これは基本的人権、自由と権利を制限するという項目が出てまいります。しかし、その中身は、実は今後二年にわたって、二年以内に整備する事態対処法制で個々具体的に、どのような権利をどのように制限するかというのは後で決めますと、こうなっているのが非常に重大だと私たちは考えております。
宮本岳志君 そこで、両先生にお伺いしたいんですけれども、このような形で具体的にどのような権利をどう制限するかということを後に、積み残したままひとまずこれを制限すると、この根拠が公共の福祉であると、だからこういう答弁も出ているんですけれども、こういう論が、なぜそんなことができるかと尋ねたら、公共の福祉という憲法の規定に基づいて可能なのだという答弁が出ているんですけれども、このような公共の福祉論というものについてどのようにお考えになるか、お聞かせいただけますか。両先生に。
参考人(中島茂樹君) 現在、国会に上程されている有事関係三法案との関係で御質問いただいたわけですけれども、有事関係三法案を問題にする場合には、これは武力攻撃事態法案の第二条で定義を行っていますけれども、有事についての定義を行っていますけれども、外国から武力攻撃があった場合、それから武力攻撃のおそれがある場合、それから武力攻撃が予測される場合という形でやっていますね。
その中で、先ほど言いましたように、首相への、そういう事態になった場合に内閣総理大臣への権力の集中、他方で国民の様々な人権の制約ということが内容として含まれているわけですね。これは、憲法学の領域で言いますと、典型的な国家緊急権についての規定なわけですね。国家緊急権の規定ということになりますと、現行日本国憲法は憲法の前文で平和主義を定めています。それから、第九条で戦争の放棄、それから十三条では人権の保障について定めているわけですね。そういう観点からしますと、現行憲法というものを前提にして今回の有事関係三法案ということを問題にしますと、これはかなり憲法上重大な問題をはらんでいるんではないかというふうに思います。
問題は、順序はむしろ逆で、もしそういうことであれば先に憲法改正ということを明確に行って、その上で、憲法上、国家緊急権について明文の規定を置いて、その上でこういう国家緊急権、典型的な国家緊急権についての定めですけれども、そういった定めを定めるというのが本来の筋ではないかというふうに思います。
そういうことから、公共の福祉云々というそういう問題についても、現行憲法上、そういう武力攻撃事態法案を始めとする有事関係三法案について、何をもってその正当性を論証するのかということになりますと、先ほど言いましたような日本国憲法が国家緊急権の規定を持っていませんからなかなか難しい。そこで持ち出されてきたのが公共の福祉じゃないかというふうに私は評価しているわけですね。
そういうことになってきますと、その公共の福祉という概念についての私の意見からしますと、かなり乱用的な用い方ではないかというふうに思います。
参考人(百地章君) 現在審議されております有事法制案の内容について、詳しいことは私必ずしもフォローしているわけではありません。ただ、新聞等で見る限りでお話し申し上げたいと思いますが。
一つは、要するに国民の権利が制限される場合が出てくるわけであります、自衛隊が防衛出動する場合ですね。この場合、人権制限の根拠が公共の福祉であるということは、もうそういう言い方をするしかないのではないかと。
ただし、その公共の福祉とは何かということを私がるる申し上げましたように、例えば国家の存立を守るためには、これはある程度の制限はやむを得ないんじゃないかとか、あるいは何も自衛隊のための行動、自衛隊のための、利益のために行動しているわけじゃなくて、国民の生命、安全を守るために行動しているわけですから、したがって、そのためにはある程度戦闘地域の住民が強制的に退避させられたり、あるいは物資の収用をさせられたりとか、そういうことがあってもやむを得ないんじゃないかということでありまして、それを一口で言えば公共の福祉の制限と言うしかないと思います。それを明確にしていくことが大事ではないかと。それが第一点であります。
それから、第二点目としましては、現在の有事法制、特に武力攻撃事態法ですか、こちらでは私権の制限が幾つか掲げられておりますが、しかし、その基本的な部分は、現在、自衛隊法の百三条で規定されているわけですね。例えば、病院等の施設の管理、土地、家屋の使用、物資の収用、あるいは医療、土木建築工事、あるいは輸送業者等に対する業務従事命令とか、こういったものは政令でもって定めることができることになっているわけであります。
したがって、共産党さんは自衛隊を違憲とされているとすればこれは根拠になりませんが、大多数の国民は自衛隊を認めておりますし、もちろん有権解釈としては政府、国会とも自衛隊法を合憲としているわけでありますから、したがいまして、自衛隊法が合憲であるという立場に立って考えれば、政令でできるはずのことをやはり政令でやるのは、できるだけ多くの国民が納得した上で、多数の合意の上で法律でもって定めた方がよかろうということでそれを具体的に法案化しているんじゃないかと私は考えますので、その点、既に自衛隊法にある事柄を、しかも全面的ではないようですね。例えば、従事命令にしても制限があったり、あるいは罰則についてどうするかとか議論がありますが、既に認められていることを具体化しようとしているものだと私は理解しております。
それから、しかしながら、これも解釈論ではなくて立法論として言うならば、中島先生がおっしゃったように、私も、憲法に自衛隊の合憲性を明記し、さらに緊急事態の問題についても、あるいはさらに人権制約にしても、やはり一片の法律でやるのではなくて、可能な限り憲法に明記した上で制約していくというのが望ましいと思います。
それから三点目ですが、武力攻撃事態法、新聞で見た限りでありますが、ここではやはりそういうことについては配慮しておりまして、武力攻撃事態への対処においては憲法の保障する国民の自由と権利が尊重されなければならず、制限が加えられる場合は必要最小限度のものであり、かつ、公正かつ適正な手続の下に行われなければならないと、そういう規定もありまして、この精神に従って、立って作られれば全く問題ないというふうに考えております。
宮本岳志君 私どもも、やはりこれは憲法に重大に触れることですから、先生正におっしゃったように、これは憲法論抜きに進められるものでないという趣旨で少しお伺いしたわけであります。
<「公共の福祉」での制限は経済的権利>宮本岳志君 それで、中島先生にお伺いいたします。
改めて公共の福祉の中身ということが問題になってこようかと思うんですけれども、先生は資料でも、公共の福祉というのは資本主義経済秩序から不可避的に生み出される弊害の是正ないし社会的、経済的な弱者保護という政策的な目的からする制約に服することが憲法上承認されていると、これが憲法の言う本来の公共の福祉である、二十二条並びに二十九条の公共の福祉による制限ということをめぐってそういうふうにお書きになっておられます。
それで、私どもも、正に公共の福祉と言った場合に、国家目的による権利の制限という議論が出てくるわけですけれども、むしろそういった形の、やっぱり経済的弱者を保護したり、あるいは資本主義経済秩序から生み出される弊害の是正という点での私権の制限ということが非常にこの間の社会の発展の中で重要になってきたんじゃないかというように思っておりますけれども、この点少し、私どもは大企業のリストラ等々についてもやはり法的に規制すべきであるというふうに考えておりますし、また産業空洞化ということについてもやはり最低限のルールを守らせることが必要だというふうに考えておりますけれども、この点について先生のお考えをお聞かせいただけますでしょうか。
会長(上杉光弘君) 両参考人にお聞きですか。
宮本岳志君 中島先生です。
参考人(中島茂樹君) 冒頭の意見の中でも申し上げさせていただきましたけれども、日本国憲法では、十二条、十三条、それから二十二条一項、二十九条の四か条でしか公共の福祉が出てこないわけですね。
公共の福祉というのは人権の制約ということではにしきの御旗にされているという、そういう状況の中で、そういう不確定な法概念については、不確定な法概念によって人権を制限するということはできるだけ避けた方がいいというのが原則ですから、そういうことになりますと公共の福祉という文言を使わなけりゃいいというのが一番いいわけですね。人権を制限するという場合には、一方の利益と他方の利益というものを同一平面できちっと比較考量する、それも裁判的に保障するという場合には、裁判制度の中でのきちっとした手続というものを踏まえて問題を処理していくということが非常に重要だと思うんですけれども、ところが、日本国憲法では明文で公共の福祉という文句が出てきているわけですね。これに付き合わざるを得ないという、解釈論の問題としましては、そういうことになってきます。
そうなってくると、個別の基本的人権、例えば表現の自由とか信教の自由とか学問の自由とか、いろいろあるわけですけれども、そういう個別の自由の中で公共の福祉という文言を使って人権の制限を憲法自身が明文で認めているというのは、これは経済的自由だけなんですね。二十二条の職業選択の自由と、それから二十九条の財産権。日本国憲法では、経済的自由の保障類型というのはこの二か条だけでしか保障していないわけですね。それをあえて公共の福祉による制限というものを憲法が明文で定めているということですから、憲法学の常識というふうに言っていいと思うんですけれども、特に公共の福祉ということを理由にして人権を制限できるというのは経済的自由の制限ということに限られると。それ以外についてはできるだけ公共の福祉という文句を使わないようにしようというのが大体憲法学の合意だというふうに思うわけです。
そういう中で、具体的に経済的自由をどういう目的のために制限するのかという、そういうことになりますけれども、ここまで行きますとまた問題は、非常に事柄は単純じゃないわけですね。
ただ、その場合でも、日本国憲法は二十五条以下の四か条で社会権の保障規定を定めているわけですね。生存権、教育を受ける権利、勤労の権利、それから労働基本権というものを定めています。したがいまして、そういうものと調整が付くような方向での経済的自由の制限ということをやっぱり第一義的に考える必要があるんじゃないかというふうに思います。
そういう脈絡で問題を考えていきますと、例えば経済的自由という点について問題になった判決としましては、三菱樹脂事件という、御存じだと思うんですけれども、そういう判決で企業には労働者を雇い入れる理由があるんだと、したがって、雇い入れる自由がある以上、労働者についてはきちっと解雇する自由も認めているんだということで、フリーハンドで大体最高裁は認めていますね。これについては、しかし、学説は行き過ぎだということで強い批判をしているところで。
そういう、特に現在のそういう世の中で、市場経済というのはこれは前提になるわけですけれども、そういったことを具体的に運営していく上でも、そういった権利との調整というのはそういう念頭に置きながらやっぱり運営されていく必要があるんではないかというふうに思います。
<宗教団体の政治活動に憲法上の制限>宮本岳志君 百地参考人に最後に一問お伺いいたします。
先生は、事前の資料で、政教分離の原則についても触れておられます。国家がどこまで宗教とかかわることができるかということとは別に、宗教団体がどこまで政治とかかわることができるかということについて述べておられまして、この問題について、憲法がいかなる宗教団体も政治上の権力を行使してはならないとしているのは、宗教団体が国や地方公共団体から正式に統治権を授けられて行使することを禁止したものであるので、それ以外の宗教団体による組織的な選挙活動や政党の結成、更には政権への参加は問題はないという主張がございますけれども、これについて先生はどのようにお考えになりますか。
参考人(百地章君) 政府見解は、宗教団体が政治の権力を行使してはならないと、この定義につきまして、国から統治権を与えられて、正式に統治権を与えられて、それを行使することであるというふうに定義しておりまして、実は私はそれに対しては疑問を持っているわけであります。
もちろん、宗教団体であろうとも政治的な発言をしたりといった一般的な自由は当然あるはずであります。しかしながら、政治活動といいましてもいろんな幅が、段階がありまして、単に投票を促進するとかいうことから始まって、議会で多数を占めてそして事実上その政治を左右してしまうような段階から、さらに正式にその統治権を付与される場合とか、いろんな段階があると思うんです。
つまり、個々の例えば宗教団体のメンバーであってももちろん一国民として自由に政治活動できるわけでありますし、また、宗教団体も言わば利益代表としてある人の、その一定の代表を送るというようなことも当然あり得るはずです。しかし、それから始まって、だんだんグレーゾーンみたいなのが出てくると。そして、統治権の行使になれば明らかにこれはブラックであると。
そうすると、このグレーゾーンをきちんと議論しないまま、ただ統治権の行使だけはいけないんだという形で議論しておりますので、やはり政治活動には一定の制限があるのではないかということを私はこれまで申し上げてきたわけであります。
残念ながら、この議論、なかなかほかの人たち参加してくれませんので、私としてはそれなりに考えて議論しているつもりですが、今後更に議論していきたいと考えております。宮本岳志君 ありがとうございました。