4月10日 憲法調査会(「国民主権と国の機構」に関する意見表明)
「地方自治の本旨の」が歪められている現実の解決を
宮本岳志君 日本共産党の宮本岳志です。私は、地方自治と地方分権に絞って意見を申し上げます。
御承知のとおり、日本国憲法は章を起こして地方自治を規定しており、この憲法における地方自治規定の先駆性ということは、去る二月二十日の公聴会でも指摘をされました。また、池上公述人も紹介されましたように、平成十二年四月十九日、本調査会において与党委員からも、この憲法の保障が地方自治の発展に貢献したことは言うまでもないとの指摘があったように、日本国憲法と地方自治法を中心として戦後の日本の地方自治が発展してきたことは、衆目の一致するところであります。
憲法が言う地方自治の本旨とは、住民自治の原則と団体自治の原則のことであり、地方自治体のことは住民の意思に基づいて決定し住民の参加によって執行する、地方自治体は方針の決定や執行について国に対して自主的であるということです。
さて、これに照らしたとき、今日、むしろその地方自治の本旨をゆがめる事態が進行しつつあることを指摘しないわけにはいきません。
先日の公聴会でも、すべての公述人から、今日、国と地方自治体の在り方をめぐって口々に批判と懸念が表明されました。地方分権と言いながら税財源の移譲がなされていない問題、国が地方を画一的に平均化しようとしているのではないかとの指摘、そして広域連合や通達行政の問題点の指摘もありました。国による市町村合併の強引な押し付けについても、複数の公述人から、地方自治の精神に逆行するとの指摘があったことは極めて重要だと考えます。
そもそも、市町村の規模をどのようにするかは、地方自治法第七条が「関係市町村の申請に基き、」と定めているように、市町村の自主性によって行われるべきものです。しかもそれは、廃置分合と言われているとおり、決して合併だけでなく、分割や分立も認められるべきものです。つまり、いかなる規模が適正であるかを決めること自身が地方自治の重要な内容であり、これを国の一方的な物差しで合併だけを押し付けるのは、地方自治と地方分権を乱暴に踏みにじるものだと言わざるを得ません。
総じて、地方自治をめぐる本委員会の議論から明確になったことは、憲法の地方自治規定の先駆性を認めた上で、現状がまだまだそこに追い付いていない、むしろそこから逆行しているということではなかったでしょうか。この点からも、現行憲法を変更する必要など全くないということを申し上げたいと思います。
次に指摘したいのは、地方議会における議員定数の削減問題です。
憲法九十三条は、地方自治体に法律に定めるところにより議会を設置すること、その議員は住民が直接これを選挙することを定め、それを受けて、地方自治法九十条、九十一条には人口に応じた議員の法定定数が定められています。
ところが、現状は、この法定定数を全く無視した無原則な定数の削減が減数条例によって押し付けられ、まるで減らせば減らすほど良いかのような議論や、我が党が地方自治法上の法定定数を指摘したのに対して、行革に反するなどという論難すら一部に見られます。
行財政の無駄をなくす努力は当然ですが、地方議会や地方議員は決して無駄ではありません。そもそも、地方議員定数を行革の対象にするということは、憲法の定める地方自治の本旨と全く相入れない、正に議会の自殺行為であるということを申し上げたいと思います。
最後に、徳島市の吉野川可動堰の可否を問う住民投票を始め、現在、秋田県本荘市において国立秋田病院の存廃を問う住民投票条例を求める直接請求が行われています。住民自らの意思を直接投票という形で示す運動の広がりは、住民の切実な意思と要求を直接地方政治に反映する上で極めて意義深いものだと考えます。また、地方自治の新たな発展としても注目すべきことだと思います。
現状では、住民投票条例が制定されなければ投票は実施できません。我が党は、これまで住民投票の実現のために各界の皆さんと力を合わせ取り組んできましたけれども、今こそ地域に重大な影響を及ぼす問題について住民が意思を表明する機会を安定的、普遍的に保障するための住民投票制度の制定が必要だということを指摘いたしまして、私の発言を終わります。