義家弘介氏は、「ヤンキー」などではなく、いまや「へたれ」そのものだ
参議院文部科学委員会で「高校無償化法案」の審議が続いています。私も衆議院段階で、共産・民主・公明の3会派共同修正案の提案者であり、衆議院ではこの修正案を可決した上で、修正された法案を参議院に送付したわけで、共同修正の趣旨について求められれば、私も文部科学大臣と並んで答弁する立場にあります。その際、民主党の参議院議員の質問には民主党の修正案提案者である衆議院議員が、公明党の議員の質問には公明党の修正案提案者が対応するすることになります。参議院文科委員会に日本共産党の議員がいれば、その議員の質問には私が答弁するということになるのですが、残念ながら参議院文科委員会にわが党の議員はいません。ぜひ夏の参議院選挙では、わが党議員を増やしたいものです。
この間、参議院文部科学委員会の審議を見ていたら、自民党の義家弘介氏が繰り返し質問に立っています。義家氏は2007年7月の参議院選挙で初当選ですから、義家氏が参議院議員となった時には、私はすでに参議院にはおりませんでした。義家氏のホームページによると昨年10月、野党転落後に自民党の文部科学部会長に就任されたようです。ちなみに日本共産党の文部科学部会長は私・宮本です。ただし、部員はいませんがね。
この間の、自民党の「高校無償化法案」質疑の態度は、あまりにも不見識で見ていられないものがあります。法案の中身の議論をせずに、延々と小林千代美衆院議員陣営に北海道教職員組合(北教組)が違法献金をし、逮捕・起訴された事件を取り上げるのですが、これがまたまともな追及になっていないのです。もちろん、北教組が組合員に「民主党一党支持」を押しつけ、不正な金を渡していたことは重大であり、司法の場だけでなく、国政調査権を発動して独自にその全容を解明することは当然です。ところが、自民党が求めているのはそんなことではありません。
一つは、教育公務員特例法を改悪して、教員についても国家公務員法なみに政治活動の禁止を重罰化せよという主張…これは本家・本元の国家公務員法の「政治活動の禁止」について争われた「国公法弾圧・堀越事件」で、昨日東京高裁が被告勝利の判決を下したことに照らせば、まったく時代に逆行した主張です。二つは、選挙違反や政治資金とは何の関係もない「日の丸・君が代が現場でどう扱われているか」というようなことを子細に調査せよと繰り返し文科省に迫っていることです。 私は先日、文部科学委員会理事会で、文科大臣政務官から、自民党が要求している調査項目についての中間報告を受けた際に、はっきり申し上げておきました。「日の丸・君が代の扱い」について教職員組合が方針を持ち、活動することは政治活動でもなければ選挙運動でもない当然の活動です。そもそも「国歌国旗法」の国会審議では、「国民の内心に踏み込んで押し付けない」と政府は繰り返し答弁してきたものであり、それを上から教育現場に押し付ける方がおかしいのです。こんなものの調査が、北教組や小林衆議院議員の事件と何の関係があるのか、こんな調査はわが党は求めたことはないし、そもそも行う必要もないと申し上げました。
しかし今日も、義家さんは延々と、今年の卒業・入学式における日の丸掲揚・君が代斉唱の実施状況を仔細に明らかにせよ。全部の学校で全部の生徒に歌わせろと迫っておりました。これがあの「ヤンキー先生母校に帰る」で有名になった人の末路かと思うと情けなくなりました。かつて義家氏は「ヤンキー先生」と呼ばれた北星余市高校在職中に雑誌「世界」の特集で、「教育現場に『日の丸・君が代』を持ち込めば、道徳教育を徹底すれば、日本人としての自覚や、国際協調の精神が培われると、文部科学省は本気で思っているのか、ということである」と述べていました。
そして「安心しろ。卒業式には、お前たちを邪魔するものは何もない。卒業式のシンボルはお前たち自身だ。そしてテーマソングはお前たちが最後の学園祭で、大声で歌ったあの歌だ。胸を張ってあの舞台に立て。お前らは俺の夢だ!『なあ、みんな、学校は好きか?』」と呼びかけていたのです。それが今では、正反対の立場を国会の演壇から声高に叫ぶような人間に成り下がってしまったのですね。「だいたいあんた学校時代に『君が代・日の丸』、ちゃんと先生の言うとおりにやってたんかい」ってことですよ。少なくとも「岸和田少年愚連隊」の街で育った私なんぞは、「先生に言われたとおりなんか、アホらしてやれるかい」と思てましたもん。
「ヤンキー」と言う言葉は、どうやら大阪起源の言葉のようで、「Wikipedia」によると、(1)不良少年らがケンカの際に乱暴に河内弁風の「〜やんけ」という語尾を使うことから「やんけ言い」→「やんきぃ」と呼ぶようになったという説や、1970年代-1980年代前半に、大阪市現中央区のアメリカ村で売られていた派手なアロハシャツと太いズボンを好んで着る不良少年を「ヤンキー」と呼んだという説などが挙げられ、嘉門達夫の『ヤンキーの兄ちゃんのうた』のヒットで日本全国に広まったと説明されていますから、間違いなく大阪起源ですね。義家さん、あんた「ヤンキー」ちゃうやろ、あんたはなあ、同じく大阪起源の言葉で言うたら「へたれ」そのものやんけ。
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