「立候補表明にあたって−−私の決意」(2005年8月10日)
無念の敗北を喫した参議院選挙から一年がたちました。私はこの一年間、初心に立ち返り「もう一度大阪府民のみなさまのもとへ」との思いで、大阪府下、一軒一軒足を運んで、自分の「力不足」をお詫びし、みなさまのご意見や思いを聞かせていただいてまいりました。この一年間におうかがいしたお宅は、すでに1000軒を大きくこえました。
大阪はどこでも、長期不況にあえぎ、ため息をつくばかりのご商店や中小・零細企業と、年金の切り下げや際限ない負担増にあえぐお年寄り、暮らしの困難への怨嗟(えんさ)の声にあふれていました。私はこの活動の中で、現職時代にはなかなかふれることのできなかった府民のくらしとお商売の実態にふれ、言葉を失うこともしばしばでした。そして悪政にたいする怨嗟の声を聞けば聞くほど、くつぬぎタケ子先生以来の参議院大阪選挙区の革新の議席を失ったことへの悔しさがこみ上げる一年でした。
8月8日、小泉首相は郵政民営化法案の否決を受けて解散・総選挙にうって出るという暴挙をおこないました。外交でも内政でも、いよいよ自民党政治のゆきづまりは明りょうとなり、大阪府民のみなさまにとって、自民党政治にかわる新しい政治の流れがいまほど強く待ち望まれている時はないと痛感します。
昨年の参議院選挙では「自民か、民主か」の選択を国民におしつける「二大政党」論が強く打ち出されましたが、あれから一年、では自民党政治のゆきづまりを「二大政党」で打開できるでしょうか。庶民大増税でも憲法の改悪でも、この2つの政党には大きな違いはありません。それどころか、同じレールの上で悪政を競い合っているにすぎません。いま日本の政治には、自民党政治ときっぱり対決できる、たしかな野党が必要です。それこそ日本共産党にほかなりません。
去る6月10日、くつぬぎタケ子先生は病魔との闘病の末に、お亡くなりになられました。くつぬぎ先生は、1973年6月、参議院大阪地方区補欠選挙(定数1)で自民党候補をうち破って初当選。「世直し名医」と呼ばれました。先生は83年に惜敗し議席を失った時、「岩をこじ開けてでも」との闘志で臥薪嘗胆(がしんしょうたん)の努力を貫かれ、ついに86年ふたたび議席を奪還されました。
私はこの先生の遺志を受け継ぎ、何としても大阪府民の怨嗟の声にこたえる議席、大阪の革新の議席を取り戻すため2007年参議院選挙で大阪選挙区から立候補する決意を固め、すでに党中央の承認を得ました。ここに立候補の表明をおこなうとともに、残された2年弱、とりわけいよいよ始まる総選挙での日本共産党の躍進を期して、全力をつくす決意を表明するものです。私に対する大阪府民のみなさまの、引き続くご指導とご鞭撻を切にお願い申し上げ、立候補表明とさせていただきます。
2005年8月10日 日本共産党前参議院議員 宮本たけし
|