「1週間で3カ所平和学習しました」(シンガーソングライターのかわさきゆたかさん)
10/8は大阪市労組婦人部のツァーで、岐阜・八百津にある「杉原千畝(日本のシンドラーと言われる人)記念館」へ行きました。太平洋戦争前夜の昭和15年7月から12月までポーランドの隣のリトアニアの領事代理として、ナチスに追われたユダヤの人達に日本の通過ビザを自筆で書き続けた人です。
時の外務省の命令に逆らい、約6000人といわれる人命を救った。人道の神様の様な人〜あの時代に・・すごい勇気です。 未だに日本政府は彼の行動に賛美を送ってはいませんが・・戦争を語る時に伝えなくてはいけない「日本の良心に基づいた、愛と勇気の行動」です。学ばなければなりません。行きのバス中ではぼくのミニライブとうたごえでした。
13〜14日は一泊で、広島の大久野島(毒ガスの島)と山口・徳山の大津島(「おおづしま」と呼ぶ。回天特攻記念館の島)へ行って来ました。参加者9名で21人乗りのバスで、大名旅行でした。両方とも、あの第2次世界大戦での「加害」戦跡遺産です。大久野島に入ったら・・ある動物が一杯いました。何故でしょう?答えは直ぐに分かりました。
今でも当時の廃墟が残るたった周囲5kmほどの島・・何千トンものガスを作り中国で・南方諸島でたくさんの人間を殺傷した兵器。あのイラクのフセインがクルドの人達6000人の虐殺に使った同じものが70年前に作られていたとは・・なんという軍隊だったのでしょう・・ナチスより悪い戦犯にぎゅうじられていたのがよく分かりました。今は国民休暇村があり温泉付きの宿舎があり、釣りや海遊びができるリゾート地です。
またみんなで一泊とまりでツァーしましょうネ。それと大津島、海の特効隊です。島の大きさは大久野島の10倍くらい。島民500人の大きい島。船着き場には「回天の島」という大きな看板が建ってました。記念館の前の侵入路の左右に145名の名を 刻んだ石碑。大阪出身者は4名でした。ここでは館員の方の説明とビデオがありました。
やはり涙が出ます。知覧の10分の1位の小さな記念館ですが・・あの映画「出口のない海」で使われた魚雷の運転席も展示されていました。回天の基地もここだけではなくほかにも3カ所あったとのことです。もっと多くの人達に、戦争の実態をみてほしいと思いました。またぼくの勝手な平和ツァーでも始めたいと思いました。宿舎は宮島を目の前に見る温泉でした。夕食時はミニライブしましたよ。では、報告終わり。 かわさきゆたか
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