大東市で「宮本たけしデー」、途中抜けて寝屋川で「つどい」
今日は大東市の「宮本たけしデー」でした。大東市は山下よしき参議院議員が今も住んでおられる町です。4月には市長・市会議員選挙が予定されており、市議団のみなさんとあいさつ回りや志位委員長を迎えて開催する「4.3大演説会」の案内に回りました。午前中は千秋昌弘議員や、来たる市会議員選挙で千秋さんからバトンタッチをめざす、とびた茂日本共産党大東市福祉環境部長と訪問活動。
農協や商工会議所の元会頭様や、お寺様、有名な野崎観音にもお伺いしました。山下議員は地元ということもあり、毎年のように大晦日は野崎観音さんで初詣の参拝客のみなさんにごあいさつをされていますが、私は野崎観音様に初めて参拝させていただきました。野崎観音はご存知東海林太郎の『野崎小唄』で「野崎参りは屋形船でまいろ〜」と歌われた有名な仏閣。落語にも三代目桂春團冶で有名な『のざきまいり』という演目があります。
福聚山慈眼寺という曹洞宗のお寺で、天平勝宝年間(749年〜757年)来朝した婆羅門僧正(インド僧)が「野崎の地は釈迦が初めて仏法を説いた鹿野苑(ハラナ)に良く似ている」と行基に言い。それを聞いた行基は、白樺で観音様のお姿(十一面観音)を彫みこの地に安置したのが寺のはじまりだとされています。現在羅漢堂再建に向けて勧進寄進を呼びかけており、その修復された「16羅漢像」を見せていただきました。(詳しくは「野崎観音」のホームページhttp://www.nozakikannon.or.jp/をご覧下さい)
「16羅漢」というのは釈迦の高弟で、釈迦入滅後56億7千万年後に弥勒菩薩が現れて人々を救済するまでの間、現世にとどまって仏法を守り、衆生を救うように命じられた尊者だとされています。「賓度羅諾跋羅駄闍尊者」(ひんどらばらたじゃそんじゃ)とか「諾迦諾跋羅駄闍尊者」(かたかばらたしゃそんじゃ)とか、とても読めないような名前の人たちですが、ちゃんと16人おられます。読みにくいのはすべてサンスクリット語の名前を漢字で音写してあるためです。
野崎観音のご住職様にも4月3日、なんば府立体育館での大演説会へのお運びをご案内申し上げました。続いて、こさき勉、とよあし勝子の両議員と同じくあいさつ回りと演説会の案内。訪問した先で「しんぶん赤旗」日曜版のご購読もお約束いただきました。午後から一時大東市を抜けて寝屋川市へ。昨日の枚方でのシンポジウムの大きなテーマでもあった、寝屋川市の「廃プラ処理施設」の地元で、反対運動をしておられる方々が集まって下さっていました。
私から昨日の枚方での新婦人内後援会主催のシンポジウムの内容と、その後送っていただいた参加者の感想文をご紹介。「寝屋川市民の問題ではない、私たちの問題だ」との声が多く寄せられていることもご紹介しつつ、「住民エゴ」の押し付け合いではなく、社会的連帯の輪をひろげ、問題のおおもとに真正面から迫る日本共産党の値打ちをお話し、さっそくお一人が日本共産党に入党して下さいました。
午後4時からは再び大東市にとってかえして、とびた茂さんと大東市内各所で街頭演説。自衛隊のイージス艦による漁船衝突事故のことなどを訴えると、どこでも大きな反響があり、ご声援をいただきました。ダイエー前での宣伝では、通りかかった人がダイエーから出てくるなり大きな袋を差し入れて下さって、中を見ると、お菓子やみかんとともにビニール袋に包まれた5000円札が…涙が出るほどうれしい出来事でした。おかげさまで今日で1000本スポットも500本を突破。いよいよ残りのほうが少なくなっていきます。
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