中央区で年末の街宣、「アサヒ芸能」誌の記事に登場…
今日は私が事務所を置かせていただいている中央区を、地元後援会のみなさんとともに宣伝カーで回って街頭演説。昨日寝袋を持って歩き回った街は、一夜明けると一転して、師走の慌しさにビジネスマンが早足で行き交う街へと変貌をとげておりました。それでも私がマイクを握って「今年は参議院選挙で、まことにお世話になりました。日本共産党の宮本でございます」と切り出すと、宣伝カーを見上げ、手を振って下さる人も。この度、衆議院比例代表候補となり、来る解散総選挙では「日本共産党」と政党名で投票していただく比例代表選挙でお世話になることを訴えると、頷いて下さったり、「がんばれ!」と声をかけてくださったり。
大阪経済の落ち込みは、大阪の中小企業や地場の業者の商売が困難に直面していること、サラリーマンの家計所得が3年連続で下がり続けていること、その一方で資本金10億円以上の一握りの大企業の利益はバブル経済の時代の2倍以上に跳ね上がっていることなどを訴え、今必要なのはシャープ1社に150億円もの補助金を出すなど儲かっている大企業を応援することではありません。大阪で一番苦労している大阪の中小企業や地場の業者の経営と商売を直接応援することではないでしょうかと訴えると、たくさんの方が足を止めて耳を傾けて下さいました。
さて、週刊「アサヒ芸能」(1/3・10新年合併号)に私のコメントが登場しています。記事は「野田聖子は郷ひろみ『深夜愛人』証言」というショッキングな記事。そういえば先日、徳間書店の記者ですが…という電話での取材申し込みがありました。「徳間書店」から取材を受けるのは初めてなので、一体何のことかと電話を替わると「野田聖子さんのことで…」との話。「宮本先生は野田さんと親しかったとお聞きしたものですから…」と言うのです。
彼女はたしかに私が初当選して参議院交通情報通信委員会に所属した当時の郵政大臣。初質問も彼女が相手でした。初質問への答弁で、野田さんが「恐らく宮本先生と私は同世代であろうかと思います。ですから、感性も似ていると思います。」と述べ、「手を抜いていたわけではなく、やはりまだまだ私の突っ込みが弱いと言われるかもしれませんけれども、私なりにいつも問題意識を持って頑張っておりますので、これからもさらに、防衛庁の問題もございましたので、実はこの間も省議があった際には、きちんとやってくれと各局長さんにハッパをかけたところでございますので、今後とも引き続きよろしくお願いします」と述べた彼女の答弁に、私はそれなりに好感を持ちました。(詳しくは「国会論戦データ」http://www.miyamoto-net.net/sanin/980922.html#topを参照して下さい)
しかし、その後の彼女の政治家としての道行きは、国民に背を向けた自民党政治のゆきづまりと矛盾の中で、あの時の新鮮さを失ってゆく過程だったと言わざるをえません。それでも夫婦別姓の問題に取り組んだり、「国会に保育所を」という超党派議員の動きには加わっておられたし、そういう場では何度も議論を交わしたものです。だから、彼女が小泉首相の提出した郵政民営化法案に敢然と反旗を翻したときには、そこに自民党政治家なりの「矜持」といったものさえ感じました。
ところが解散後の国会での「民営化法案賛成」への態度変更と、「詫び証文」を入れての自民党復党というその後の彼女の行動は、彼女の政治家としての立場を大きく変貌させたものだといわざるを得ず、きわめて残念なことです。まあしかし「アサヒ芸能」の記事もまったく興味本位で感心しませんねえ。記者との電話でのやりとりがあのように記事になるとは思いませんでした。私は「郷さんとのうわさなど聞いたこともない」と言ったんですがねえ。
しかしこの日記を読んで「アサヒ芸能」なんて買わないことです。とても家に持って帰れるような誌面じゃないですよ…念のため。
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