今年も岸和田だんじりまつりは岸和田らしく…
9月16、17日の両日の岸和田だんじりまつりも今日18日の後片づけと「反省会」ですべて終了。今年はなかなか波乱万丈の祭ではありました。16日にお知らせしたように、朝5時半曳き出し直後の「小門」のやりまわしに失敗、屋根をぶつけて大きな損傷を受け、そのまま自町に引き上げて応急修理。結局16日午前のパレードに、わが藤井町は参加できず…。
「小門」というのは「貝源」とともに、やりまわしの「難所」の名前で、南海岸和田駅と「かんかん場」を結ぶ大通りから紀州街道に右左折する交差点の名前です。「かんかん場」を駅に向かって左折を「小門」、右折を「貝源」といい、それぞれ角にある家の名前で、左角は両側とも「小門紙店」なので「小門」。道幅の広い大通りから、道幅の狭い紀州街道に走りながら曲げるので、曲がりきれなくても、曲がり過ぎてもどちらかの「小門紙店」にぶつけることになります。
残念ながら毎年「小門」も「貝源」も無事に終わったことはなく、看板などは必ず壊れます。今年もわが町をはじめ、初日からぶつけにぶつけ、16日にはまだ「紙店」であることがわかる状態でしたが、17日には何屋さんかもわからぬ状態となっておりました。昔は「あてられ損」という時代もありましたが、今はもちろん各町保険に入っており、保険できちんと直します。
岸和田だんじりまつりと言えば「特設シート」まで設営される「かんかん場」と、昔からだんじり見物のメッカとされる南海岸和田駅前が必ず各町やりまわしをする場所で有名ですが、「通」は何といっても「小門」「貝源」。そしてさらに「通」になると堺町の「S字」ということになります。しかし見物客のみなさんは最高に危ないから見物はご遠慮下さいね。
小門のやりまわし一発目で大屋根を飛ばす大失敗はあったもののおかげさまでケガ人はなし。応急修理の後は大きな事故もなく気を引き締めて2日間のまつりを何とか終了いたしました。今年「新団」の息子は2日間「綱先」で走りっぱなし、だんじり小屋と町会館で寝泊まりして家にも寄り付かない有様。なかなか逞しく育ったものです。
青年団といえば、毎年2日目、「本宮」の日の午後の曳行の最後の局面で、だんじりを「かんかん場」から岸和田駅に上げて自町へ帰ろうとすると、「まとい」は年番の指示に従って駅へ上がろうとするのに、「綱先」の青年団がクーデター的に小門を左折しようとして、われわれ「若頭」が制止するというのが「恒例」になっています。
今年は息子たち「新団」が「綱先」。きっとやるに違いないとその直前から私が綱先のサイドに張り付きました。例によって小門で綱先が突如左へ。「こらっ、お前ら何をしとるんじゃ!」…息子なら二、三発と思って立ちはだかったら、なんと息子は向かってこず、息子の友だちでしたので抱きかかえるようにして押し戻したら案外素直にあきらめてくれました。
後で娘に聞いたら「お父さんが直前から横についたので、『これはすでにバレてる。行ったら確実に殴られる』と観念した」と語っていたとのこと。まあ16やそこらの青二才が若頭にたてをつくのは百年早いということです。そんなこんなで今年も岸和田だんじり祭は岸和田らしく過ぎていったのでした。
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