大激戦の泉佐野市議選、最終日の訴え
今日は泉佐野市議会議員選挙の最終日、明日はいよいよ投票日です。終日、泉佐野市内を訴えて回りました。午前中は高道イチロー候補の地域で2時間、午後からは伊藤百合子候補の地域2時間とさらにはくぼ和恵候補の地域2時間、合計6時間街頭からの訴え。宣伝カーの前の座席からマイクを握って訴えた短いスポットも含めれば、今日一日のスポット回数は20回に達しました。
論戦は、ほぼ決着がつきました。ゴミ袋1枚50円というべらぼうなゴミ有料化。市民の間からはゴミ袋10枚500円なら、ざっと100グラム500円。つまり泉佐野のゴミ袋は「牛肉よりも高い」のです。このような悪政をすすめてきた自民、公明、民主に厳しい審判をと訴えました。
そして選挙が最終盤にさしかかると、どこでも出てくるのは、公明党・創価学会によるいつもの反共攻撃。わが党の候補者名を呼び捨てにした上で、共産党は「あれもやった、これもやったと、いろいろいいことを言っているが、予算に反対したのに、実績はない、うそつき」などと言いたい放題。これにも私のほうから明快に反論しておきました。
わが党が泉佐野市の予算に反対するのは当然です。その予算にこそ、公共料金の値上げや福祉・市民サービスの切捨て、そして年間5億8千万円にものぼる不公正・乱脈な同和事業の予算が入っているんだから、反対するのは当たり前でしょう。
しかし公明党だって、自民党と組んで与党に入ったのは7年前で、それまでの野党時代はずっと予算に反対してきました。公明党の言いぶんが本当ならば、公明党も7年前まで実績ゼロだということになるではありませんか。ところが公明党は、自らに関しては野党時代の「実績」も得々と述べるんだからお笑い草です。
公明党のホームページでは「白内障の眼内レンズに保険適用」させたことを「実績」だと言っています。「92年2月4日の衆院厚生委員会で、眼内レンズ挿入手術への保険適用を強く迫る公明党議員の質問に対し、当時の厚相は」前向き答弁。「この公明党の国会質問によって、保険適用に初めて道が開けました」などと自慢しています。
しかし、この「白内障の眼内レンズへの保険適用」を国会質問で初めて取り上げたのは、わが党の金子満広元衆議院議員でした。公明党の質問よりも2年前、1990年4月9日の衆議院予算委員会で「幸い、ここ4、5年の間、眼内レンズ…これは医学の進歩で国際的にも非常に大きな貢献になると私は思います。…問題は、保険適用がないということ」と述べて、これに保険適用せよと迫りました。
しかしまあ、私は別に公明党と「どちらが先か」を争うつもりはありません。問題は、この彼らが保険適用を実現させたと言っている「1992年4月」。この時の予算に公明党はどういう態度をとったでしょうか。私の手元に、この年の予算への公明党の態度を示す国会会議録があります。
1992年4月9日参議院本会議、予算の採決に先立って公明党の片上公人参議院議員が討論を行っています。いわく「私は、公明党・国民会議を代表して、ただいま議題となりました平成四年度総予算三案に対し、反対の討論を行うものであります」…ほらね、反対してるでしょ。天に向かってつばを吐けば…全部自分の顔にかかるっていうのは、つまりはこういうことです。
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