「公明新聞」4月29日付「編集メモ」が明らかにしたこと
泉佐野の市会議員選挙でも公明党のお決まりの共産党攻撃が始まっています。昨日泉佐野入りした公明党の田端衆議院議員は、わが党に対して「共産党は何でも自分たちだけが正しいという独善の党だ。共産党のナンバー4だった筆坂氏が言っているんだから間違いない。こんな党は泉佐野からなくさなければならない」と述べました。
いま各地で公明党はこういう演説をやっています。台本は「公明新聞」4月29日付「編集メモ」。筆坂氏が新潮社から出版した「日本共産党」という著書を取り上げ「著書の中で、筆坂氏は、これまで本紙(「公明新聞」のこと――宮本)などが何度も指摘してきた同党の独善的な無謬主義を認めた上で共産党への批判を展開。」と紹介。この本の筋書きに沿ってわが党を批判しています。
しかし公明党が筆坂氏をこのように活用することほどこっけいなことはありません。だってセクハラ事件以来、選挙のたびに公明党は女性議員先頭に「共産党の筆坂という最高幹部が破廉恥なセクハラ事件をひき起した。こんな党を許すわけにはいきません」という演説をやってきたのですからね。まあ、共産党の悪口に使えるものなら何でもOKってことでしょうか。
しかし、面白いのは、この「編集メモ」こそ筆坂秀世氏の出版した著書が、いかなる政治的意味を持つかを白日の下に晒したということです。つまりこの「編集メモ」で引用された部分こそ、日本共産党を攻撃しようと躍起になっている勢力にとっての筆坂本の偉大なる功績なのです。
たとえば「編集メモ」では「ダメ押し」として、筆坂氏の「日本共産党がなんと言おうと、世界中で社会主義は地に落ちたのである」という一節を引き、「つい昨日までの最高幹部が同党の依って立つイデオロギーが時代錯誤で破綻していることを率直に認めたのだから大変だろう。夢も希望もない政党――。『筆坂本』の読後感はそんなところか。」と続けます。
しかし「大変だろう」などという公明党の邪な期待とはうらはらに、この言葉こそが筆坂氏が「落ちるところまで落ちた」決定的証拠です。筆坂氏は「つい昨日までの最高幹部」などではありません。3年前に、公明党から共産党攻撃に徹底的に使われるような「セクハラ事件」をひき起し、最高幹部でもなんでもなくなった人、それどころか自ら日本共産党からも出て行った人です。
なるほど「世界中で社会主義は地に落ちた」「共産主義などまったく将来への展望がない」と本に書くような人は、わが党にとどまることはできません。わが党綱領は「日本共産党は、それぞれの段階で日本社会が必要とする変革の諸課題の遂行に努力をそそぎながら、21世紀を、搾取も抑圧もない共同社会の建設に向かう人類史的な前進の世紀とすることめざして、力をつくすものである」という言葉で結ばれています。
この綱領が決まったのは筆坂氏がまだ党にいる時であり、この新綱領の読了率が3割台だと筆坂氏があざ笑う以上、本人はとっくに読んでいるはずです。党員の資格要件は規約第4条「18歳以上の日本国民で、党の綱領と規約を認める人は党員となることができる」ということですから、筆坂氏が党員であり続けることは残念ながら不可能です。
「夢も希望もない」のは筆坂氏が現在立っている地点であり、筆坂氏がどんなに「現場で苦労している一般党員の味方」なるものを装ったとしても、「公明新聞」がそれをどう扱ったか、そして筆坂氏の本の「ダメ押し」が科学的社会主義の否定だと聞かされれば、「編集メモ」が期待するような「筆坂氏と同じように思っている“離党予備軍”」などというものは生まれようがないということを付け加えておきましょう。
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