「2・5大演説会」で私がおこなった決意表明です
【2・5大演説会での決明】 大阪選挙区候補・宮本たけし
いよいよ「勝負の年」を迎え、元気いっぱい大阪中を駆け回っております。大阪選挙区候補の宮本たけしです。どうぞよろしくお願いいたします。
いっせい地方選挙に続く参議院選挙は、故・くつぬぎタケ子元参議院議員のとむらい合戦です。 くつぬぎ先生がお亡くなりになった一昨年6月10日、ちょうどその2ヶ月後に、私は参議院大阪選挙区への出馬表明をさせていただきました。 以来、1年8ヶ月、私は「岩をこじあけてでも」の決意で大阪を駆け回り、街頭からの訴えはすでに一千本を突破、ごあいさつしてお渡しした名刺は、3万枚にのぼっています。
「何としても勝ちたい」、その思いは日に日に、つのるばかりです。
先日一通のメールをいただきました。過労死された夫の公務災害認定を求めて、ともにたたかい、認定をかちとった和歌山の辻田加代子さんからでした。 息子さんが小学校一年の時、「大きくなったら何になりたいか」という作文に 「大きくなったら、ぼくは博士になる、そしてタイムマシンをつくる、タイムマシンにのって。お父さんが死ぬ前の日に戻る。そして、『仕事に行ったらあかん』っていうんや」という作文を書いた。その子ももう中学生です。
もう二度と私たちのような家族はつくらないで欲しい。なのに「ホワイトカラー・エグゼンプション」などといって、残業代もなしで天井知らずに働かせ、過労死をひろげるような法律が出てこようとしている、いてもたってもいられない…切々と綴られてありました。
8時間労働制の「わく」があってさえ、いまだに違法なサービス残業はまかり通っています。 わが党の奮闘で、何百億円と未払残業代を労働者に払わせたといっても、それは違法な長時間労働をしめすものにほかなりません。 沓脱さんが国会で最初に「サービス残業」という言葉を使って追及したのは、1976年5月、参院予算委員会でありました。それからもう30年です。 30年たって、根絶するどころか、サービス残業をのばなしにする法律をつくろうとする…こんなことは断じて許せないではありませんか。
メールにはこうありました。「私たちは、もう二度と、家族揃って食卓を囲むことはないのです」…父親を、夫を過労死させられて、お金をもらってよろこぶ遺族はいないのです。 生きてかえせ!もう二度と、人の命をうばうような働かせ方はやめろ!その思いに耳を傾けるのは、政治家であれば、いや人間であれば、当たり前のことではありませんか。
くつぬぎ先生から受け継いだ、大切な大阪府民の議席を、奪われている悔しさを、今ほど痛切に感じるときはありません。どうか先生の遺志を受け継いで、私に今ひとたび、国会で働く場をお与え下さい。
「弱きを助け、巨悪に立ち向かう」…この私の政治信条は、日本共産党の立党の精神そのものです。 いまこそ、府民のくらしに活路をひらくために、自民・公明・民主、「オール与党」の政治に、厳しい審判をくだそうではありませんか。
日本共産党が躍進すれば、政治の流れは必ずかわります。 みなさまのご支持・ご支援、ご奮闘を、心よりお願い申し上げまして、私の決意表明といたします。ともに、がんばりましょう。
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