従兄弟の脳外科医を訪ねる、夜は寝袋配りのボランティア
私の従兄弟が脳外科医で、大阪市内の病院に勤務しています。骨折の原因ともなった「たちくらみ」について、すでに岸和田の病院では脳波検査もMRIも「まったく異常なし」との診断をいただいておりますが、一応「セカンドオピニオンを」とのことで検査結果をお借りして、従兄弟に診せに行きました。
たいへん喜んで下さって、さらに徹底的に検査をしてくれ、セカンドオピニオンのほうも「まったく異常なし」。ただ単なる起立性低血圧症、つまり「たちくらみ」という診断。治療するほどのこともないとのことでした。
この従兄弟とは、彼が岸和田市民病院の脳外科にいた頃、一度昼飯をいっしょに食べたことがあります。選挙でも私を熱心に応援してくれて、「次もまた立って下さるのでしょうね」とおっしゃるので「もちろん」「次も応援しますからね」というやりとりに。診察を終え、「どうですかこれから一杯・・・」と誘われましたが、「行きたいところなんだが、今夜はこれからホームレスの人たちに寝袋を配るボランティアに行くから」と、丁重にお断りしました。
さて、いよいよ「ろくな者じゃの会」のボランティア参加のために「会」の事務所へ。「ろくな者じゃの会」は毎年12月から翌年3月まで年末年始を除く毎水曜日の夜、ホームレスの人たちに寝袋を配り続けてきました。この活動は、今年の大阪弁護士会の「人権賞」を受賞しています。
このボランティアに参加しようと、山下よしきさんと2人で出かけました。約50個の寝袋を持って「会」事務所を出発。私は自分の車に寝袋20個を積み込み、3人のボランティアのかたがたを乗せて出発。山下さんは残った人たちとともに寝袋30個をみんなで分け持って歩いて出発。午後9時頃から配り始めました。
私たちのグループは淀屋橋から北浜にかけての地下街や九条商店街、日本橋の電気屋街、千日前前道具屋筋などを回りました。シャッターの閉まった商店の前に大きな段ボール箱をつないだものがあれば、そっと声をかけます。「すいません、寝袋持ってはりますか〜なかったらお配りしてるんですけど・・・」「もらうわ、おおきにありがとう」
「おっちゃん、いっつもここにおるん?」「うん、そうや」「これから寒なるしなあ・・・今日なんか雪降りそうやし・・・身体気いつけてや」「うん、にいちゃんありがとう」とかいうやりとりを続けます。それ以上の話は禁物。ホームレスの人たちには、それぞれふれられたくない事情があるのです。
私が声かけする姿を見て、ボランティアの常連さんが「宮本さん、いつもやってるみたいに手慣れてますね」といいます。「まあ対話が商売なもんで・・・」「でも、こんな風に一緒に回ってくれる、元国会議員なんてはじめてですよ。今日はご一緒できて光栄です。感激しました。」とも・・・。
「お安いご用ですよ・・・実は私の性分で言わしてもらえば、国会議員よりこっちのほうが合ってるくらいですから」と、つい口を滑らせたら、「いや、でもこの問題の根本的な解決のためには、やっぱり宮本さんは国会に出て政治を変えてもらわんと。ボランティアやってるだけじゃ、ダメです!」とぴしゃり。おっしゃるとおりです。
寒い夜でした・・・雨は途中からみぞれ混じりに・・・弱い者ばかりに、いつまでこんな痛みが続くのでしょうか。
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