府常任委員学習会、ショックだった森山セツさんの訃報
朝から定例の府常任委員会の学習会。不破さんの「『資本論』全三部を読む」も最後の7分冊め「地代論」に入りました。この間準備してきた内容で45分間にわたって講義。レジュメもつくったのでまず「地代論」の前提問題と、「差額地代」が発生する根拠がどこにあるかについては全体の認識になったと思います。
ただ、昨日も書いた「討論テーマ」についてはいろいろ意見は出されましたが「腑に落ちる」というところまでは行かず、次回までの宿題ということに。私も学習会終了後、資本論学習の師匠である勤労協(関西勤労者教育協会)の吉井清文先生に電話をかけて、いろいろとご教示いただきました。吉井先生、今もずっと長野県まで資本論学習会の講師に出かけておられるとか…いやホントにお元気で、頼もしい限りです。
私たち大阪府党の指導部が、毎週この資本論学習会を続け、もう7分冊まですすめてきたことをほめて下さいました。聞くところによると、吉井先生のところには「『全三部を読む』7冊を7回でやってくれ」とか「3回でやってくれ」という要望も来るそうで、それに応えて、「3回」や「7回」でやっておられる吉井先生ってやっぱり凄いなあとあらためて感服しました。
そして「宮本君、『資本論』は一生握って離したらいかんぞ」といういつものお言葉…吉井先生も「たけしを語る」(詳しくはhttp://www.miyamoto-net.net/kataru_3.htmlを参照して下さい)に書いてくださっているように、民青同盟時代に吉井先生から「資本論」を教えていただいて以来、何十回、何百回と聞かされてきたお言葉ですからね…重々わかっているつもりです。
さて、今日の赤旗の訃報欄にたいへんショックな報せが…治安維持法国賠同盟の活動家、森山セツさんが11月24日にお亡くなりになったという記事でした。私は森山さん(本名・雨森節枝さん)には若い頃から、ひとかたならぬお世話になりました。私にとっては「森山さん」というより「雨森のおばちゃん」は、私がボロボロのGパンで、3食ろくに食べることもできず、民青の事務所に寝泊りしていた頃から私を知ってくれているのですから…。
特に98年に私が当選し参議院議員となって以降は、顔を見るたびに「立派になった」と喜んでくれ、それでもやっぱり「ご飯食べた?」と必ず聞くのです。「今はご飯ぐらいは食べられてるよ」って言うのですが、一度などは「これでご飯食べなさい」って、そっと千円札を握らせてくれたこともありました。
つい最近まで元気な姿を見かけたのに…。あれは総選挙直後の阪南市会議員選挙の時でした。支援の帰りに泉南市にある「ともだち」という喫茶店に立ち寄ったら、「雨森のおはちゃん」がおられたのです。びっくりしました…だっておばちゃんお昼ごはんに、なんと「鶏の唐揚定食」食べてましたもんね。「唐揚って…若いなあ、おばちゃん」と聞いたら「そうよ、私、唐揚が好きなの」って言ってました…。
これから玉造の共産党府委員会の事務所に治安維持法同盟の新聞「不屈」の配達に行くって言うから…「東岸和田まで僕の車に乗って行きよ」と言うと、「そんな、忙しいあなたの車に乗せてもらうわけには…」って遠慮されるのです。「かめへん、かめへん、どうせ岸和田まで僕も走るんやし」って誘って隣に乗ってもらって走りました。今思えば、その時車の中で1時間弱話をしたのが最後でした。
その日の夜も、私の家に丁重なお礼の電話を下さって、まだまだ元気いっぱいって感じだったのに…本当にショックです。「おばちゃん、俺、絶対忘れへんで、おばちゃんが『ご飯食べてる?』って言うて千円札握らせてくれたこと…」そんな思いが何度もこみ上げてくる悲しい出来事でした。
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