(NEW)『靴紐を結んで』出版記念会にメッセージを送る
今日は横田昌則さんの小説『靴紐を結んで』の出版記念会があり、私は怪我のためやむなく欠席。次のメッセージをお送りしました。
ぜひとも参加させていただこうと思いながら急な怪我で出席できなくなり、大変申し訳なく思っています。ご心配をおかけしますが怪我は足のみ、頭脳も内臓も元気そのものですので、どうかご安心下さい。
『靴紐を結んで』をいち早く読み、深く感銘を受けました。環状線の中にでも南海線の中にでもごく普通にいる若者から話が始まっていることが、この小説を成功させた最大の要因だと思います。これまで民主文学が描いてきた若者像は確かに多様で、それぞれどの作品も、そこに青年の自立と成長が描かれています。しかし電車の中で、私たちのすぐ隣に座っている青年から話が始まっている小説はそう多くはなかったように思います。
深刻な若年雇用の実態や、「ニート」と呼ばれる青年の増大、若者の間での自己肯定感の持ちにくさや深まる孤立感など、今日ほど若ものの「困難」が叫ばれる時代はありません。同時に、戦後世代が圧倒的多数を占めるようになる中で、若者の間にナショナリズムが一定の影響を広げるなど、時として「文学は若者に対して無力なのか」との問いかけさえ耳にする昨今、横田さんのこの作品に救われた思いがしたのは私だけでしょうか。
自分の存在意義に自信が持てず、大量生産されたシュークリームのように使い捨てられていく自らの運命に翻弄されていた一人の若者が、「人は誰でも変わるチャンスを秘めている」という確信をつかむまでに成長する姿を、納得のいくリアリティーを持って描ききった横田さんに心から敬意を表したいと思います。
障害者共同作業所との出会いが、そして障害者との共生が、主人公を人間としての根本的な問いかけに直面させ、主人公自身を「よりよく生きる」道へと突き動かしたということは、障害者の生活と権利を守るたたかいが「人間はすべてかけがえのない存在である」という真理と直接に結びついた運動であるからでしょう。かくいう私自身、若き日に岸和田障害者共同作業所の「青年ボランティア第一号」として活動したことが、社会進歩の事業に生涯をかける決意への入口でもありました。
しかし、そう考えるならば、国民の命とくらし、日本の平和を守るすべての運動が「人間すべてかけがえのない存在である」という真理に結びついたものであることはいうまでもありません。そして、そうであるならば、障害者運動に限らず、国民の苦難の解決と軽減のためにたたかうあらゆる戦線から、幾千幾万の「吉岡保」が生まれ出てくることは十分に可能です。
「文学は青年に対して無力ではない」――このことを見事な作品でしめしてくれた横田さんの作家的努力にしっかりと学び、若者たちが自らの困難を真正面から見据え、自分と人間への信頼をとりもどしてゆく道筋を、リアリティーを持って描ききる作品を、若者たちが傷つき痛めつけられているすべての現場から、次々と生み出してゆかねばなりません。
この『靴紐を結んで』が「答えを求めつつ、まだ答えを見出しえていない」すべての若者に普及されるとともに、ともすれば青年の直面する困難にたじろぎそうになる大人たちにもおおいに普及されること、そして横田昌則という作家の今後更なる前進を心から願って、お祝いのメッセージとさせていただきます。
2005年11月5日 日本民主主義文学会会員・日本共産党前参議院議員 宮本たけし
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