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「大阪母親大会50年を祝うつどい」に参加、母親運動の歴史に学ぶ

 今日は「大阪母親大会50年を祝うつどい」が開催され、私もお祝いに駆けつけました。大阪における母親運動は、1956年9月16日、第1回大阪母親大会を開催して以来、「いのちを生みだす母親は、いのちを育て、いのちを守ることをのぞみます」をスローガンに、この50年間、営々と続けられてきました。

 今日の「つどい」でいただいた「大阪母親運動50年のあゆみ」という冊子の冒頭に、ギリシャの女流詩人ペリディスさんから世界母親大会のために寄せられた、次のような詩が紹介されてありました。

  わたしには小さな息子があった
  あしたにはゆりおこし髪をとかし
  なだめては一杯のミルクをのませ
  戸口に立って学校へ見送った
  息子の肩は通りいっぱいにひろがって
  そのあとを わたしの金色のゆめが おいかけたものだ

  わたしには小さな息子があった
  わたしはあの日を待っていた
  わたしの臨終をみまもってくれ 
  ふるえる手でわたしの髪をなで
  「お母さん ご幸福な旅路を
  心配しないでください。あのオリーブの木ように
  あなたはいつだって わたしの心の中に生きています」
  とでもいうかのように わたしを見守ってくれるときを

  わたしには息子があった 息子があった
  わたしには息子があった 息子があった
  だが、彼らがわたしの息子を殺してしまった。

 もちろん私たち父親も「いのちを育て、いのちを守る」ことをのぞみます。日本を海外で戦争する国へとつくりかえる憲法9条の改悪がたくらまれているとき、母親大会の原点をしっかり守り、母親も父親も、男も女も力を合わせてがんばり抜く時です。

 
 
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