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府常任委員会の後、阪南市へ。許せぬ筆坂氏の「裏切り証文」

 今日は朝から府常任委員会の会議、総選挙の総括について議論を深めるとともに、現在取り組んでいる「大運動」の強化方向や現在たたかわれている阪南市、豊能町の選挙情勢と最終盤に向かう活動の強化点などについて議論しました。夜は今日も阪南市の演説会。演説会場2ヶ所を回り、坂原利満、ふるや美保、両候補の必勝を訴えました。

 「週刊新潮」9月29日号に筆坂秀世氏が「日本共産党への『弔辞』」なる一文を掲載し、一読しました。筆坂氏はご存知のとおり元わが党の政策委員長、私といっしょに日本共産党の参議院議員をつとめていました。彼が2003年6月に女性に対するセクハラ事件を引き起こし、党が規約にてらして厳正な処分を行い、参議院議員を辞職した時、私はまだ現職の同僚議員でした。

 当時筆坂事件に、私たちはもちろん大きな衝撃を受けつつも、どのような部署にある幹部であろうとも、党規約にもとづく厳正な対処をきちんとつらぬくわが党の公明正大さに感銘するとともに、その処分を真摯に受け入れた筆坂氏にも、それなりの敬意を持ったものでした。

 そして、その後彼が政策委員会に復帰したと聞き、さらには党の理論政治誌『前衛』に財界研究の論文を発表した時には、それを心から喜び、筆坂氏らしいその論文の切れ味の鋭さを私なりに高く評価もしていました。

 それがです。7月に離党が報じられ…そして突然「日本共産党への『弔辞』」ですからね。彼はわれわれを葬ろうと言うわけです。だが「弔辞」というものは生き残ったものが死者に向っておくるもの、激烈な総選挙をたたかい、民主も公明も議席を減らす中で、得票を増やし現有議席を守り抜く奮闘をした直後のわが党に対して、総選挙直前に党の隊列から逃げ出し、党幹部どころか日本共産党員としての生命さえ失ったものが「弔辞」をおくろうなどとは笑止千万。

 彼の事実をゆがめた党攻撃については、本日付「赤旗」日刊紙に掲載の広報部文書、「『週刊新潮』での筆坂秀世氏の一文について」(http://www.jcp.or.jp/akahata/aik4/2005-09-22/2005092204_01_1.html)ですべて反論しつくされています。だいたい筆坂氏は今回の一文でもセクハラ行為をおこなった事実は認め、自ら反省の言葉を述べたことも認めています。結局はその「反省」なるものがわれわれを欺く偽りの言葉だったということです。

 筆坂氏とは私は1998年の初当選以来、同じ「参議院交通情報通信委員会」の委員として、また代表質問や予算委員会の質問づくりをつうじて身近で活動してきました。彼がどういう人物であるか、私はもっとも良く知っている人間の一人です。

 やりきれぬ怒りを抑えながら筆坂氏の一文を呼んでいて、最後にはたと気づきました。「週刊新潮」のこの記事はわれわれに対して書いた記事ではないのだと…前半9割に及ぶ処分経過についての事実をゆがめた党への「恨み節」などは、よく考えれば何の意味もないことです。だってもはや彼は党員ではないのですから…。

 つまりこの文書は最後の1割、彼が離党を決断した「もう一つの理由」がこの文書の目的なのだと…。そこで彼は、党中枢から離れたおかげで自分の視野が広がったと言うのです。どういう点が広がったのかというと、「自民党にもいいところがあることがわかった」ことと、「社民党が憲法改悪の民主党と選挙協力しても批判してはいけない」ということだそうです。

 そして一文の最後で、自分には「『やり残した』という思いは強くあ」ること、「許されるなら、新しい自分の立場で日本の政治に発言していきたい」と述べるのです。「語るに落ちる」とはこのこと…つまりこの文書は自民党や社民党から拾ってもらう上で「日本共産党と手を切ってきた」という身の証をたてる「裏切り証文」にほかなりません。

 筆坂氏は「社民党や自民党なら、逮捕・起訴され有罪判決を受けたような人物まで復活しているではないか…」と考えたのでしょうか。しかし長年たたかいをともにしてきた同志を裏切り、事実をゆがめ党を偽り、そしてその党に「弔辞」までぶつけて、自分の買い手を探す「裏切り証文」にする…

 この筆坂氏の精神の荒廃を見るとき、彼の色気たっぷりの「やり残したことがある」などという甲高い叫び声とはうらはらに…日本政治の真の改革を求める日本国民にとっては「もはやあなたにやっていただくことは何もない」ということがいよいよ明らかになるでしょう。私はここに、この世でもっとも醜悪なものの一つとして、この筆坂氏の「裏切り証文」を上げておきたいと思います。


 
 

 
 
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