今日はお休み、小林よしのり「沖縄論」を読む
今日はお休みでした。子どもたちが学校から帰ってきて、惨たんたる期末試験の結果を教えてくれるわ、「ついてはお父さん、ひとつ数学というものを教えてくれ」などと言いよるわで、大騒ぎ。「君たち、人に聞く前にまず自分でどこを間違えたか考えなさい。その後、教えてあげるから・・・」などと切り抜けて、夜は府委員会事務所の宿直に・・・。
「え〜、明日帰ってきたらちゃんと教えてや〜」などと言われつつ「わかった、わかった、明日教えるから、それまでにやっとけよ。やってなかったら3発どつくからな〜」「はい〜」てなやりとりで家を出ました。(そういえば和歌山大学教育学部では、「体罰は教育に無縁」って教えられたっけ・・・西先生すいません)
先日「しんぶん赤旗」に小林よしのり氏の最新刊「新ゴーマニズム宣言、沖縄論」というのがとりあげられていて、さっそく買ってみました。「宮本岳志は小林よしのりに似てる」などと言われるからというわけではないのですが、私は以前「戦争論」をはじめ何冊か、彼の漫画も読んだこともあります。
まあそのときの私の感想は「小林よしのりは『曲学阿世の徒』である」・・・彼の漫画の特徴は、歴史に真摯に学ばず、ジャーナリスティックな議論に飛びつき自分を大きく見せようという異様な自己顕示欲と「漫画」という彼の「才能」を生かした事実の歪曲であって、読むに値しないものだと思いましたね。
まあ、もう一つ言わせてもらえば、「小林よしのりは、『恥ずかしがり屋』の放言癖の持ち主である」ということ。だって「ごーまんかましてよかですか?」などと聞いておいて、えらそうに論をぶつ。私なら聞きませんね。ひとまずそう聞いた上でなら、どんな内容を放言しようが許されるという卑怯さがつきまといます。
だから、そう見切った後はいっさい読みませんでしたね。この男の「寂しさ」や「コンプレックス」は痛いほどわかりますけどね。小林が藤岡や西尾などと「新しい歴史教科書をつくる会」を始めて以降は、ソ連崩壊に腰を抜かした、いわゆる「サヨク」くずれの教育学者や、別に歴史が専門でもない大学研究者にかつがれて、「漫画」という手法の若ものに与える影響だけを買われて、学者にでもなったつもりで得意満面。まさに「醜悪なものの典型」だと思っていました。
さて、今回の「沖縄論」・・・まあ手法の醜悪さは変わりません。私は彼の、こういう描きかたは大嫌いです。「赤旗」が注目したのは第19章「亀次郎の戦い」、亀次郎とは沖縄人民党を創設し、後に日本共産党副委員長になった、故・瀬長亀次郎さんのこと。小林氏は祖国復帰闘争での瀬長さんの不屈のたたかいを描きながら「その功績は、誰にも否定できない」と論じています。
「沖縄論」は全体としては沖縄に米軍基地の70%が集中する実態を細かく告発、その対比で日本政府や「親米保守派」の対米追随を批判するもの。ただし、その立場は「靖国史観」からのものですが・・・。
しかし瀬長さんの体を張った在日米軍とのたたかいをここまで評価するのなら、侵略戦争に反対して命がけでたたかいぬいた戦前の日本共産党のたたかいや、日本本土で米占領軍命令による「レッド・パージ」とたたかいぬいた日本共産党のたたかいに目をふさぐことはできないはずです。
沖縄の本土復帰は沖縄における瀬長さんなど沖縄人民党のたたかいと、本土での沖縄返還同盟や日本共産党のたたかいが両輪となって実現したもの、だからこそ沖縄人民党は本土復帰後日本共産党に合流し、瀬長さんは日本共産党副委員長になったのです。
たしかに「沖縄論」では、「いい線」までいってるところもあります。「先の大戦」の「悲劇」について小林氏は「厳密に言うと違うんだよなあ。本土の悲劇はアメリカだけが加害者なのだ。沖縄の場合は・・・アメリカ兵だけでなく日本兵までもが沖縄県民にとって加害者になるケースがあった」と認めるのです。
しかし残念ながら本土の悲劇は「アメリカだけ」が加害者ではありません。侵略戦争に踏み出した軍部や政府、そして大元帥としてその国策の最高指導者であった昭和天皇も加害者です。さらに、小林氏はわざと触れようとしませんが「アジアの国々」ではまさに「日本だけが加害者」なのです。
沖縄の歴史と米軍基地の現実は、小林氏をいつもの詭弁に逃げ込むことを許さない重みをもっていました。だから彼は、しぶしぶ「いい線」まで来たのです。「ならば小林氏よ、本土でもアジアでも重みのある歴史の真実から目を逸らすな」と言いたい。
自分の気分にまかせて書き、逃げ場のない現実の前には、しぶしぶ理不尽を認めるが(まあ、それを認めようともしない者より「まし」といえば「まし」ですがね・・・)、自分の都合の悪い歴史の事実には目をふさぐ、それでは小林氏こそ「サヨク嫌い」というイデオロギーに毒された、悪い意味での「イデオローグ」と言うほかはありません。
|