「靖国問題」で新田谷泉佐野市長と懇談、淀屋橋で演説した後、「クラボウ」勝利集会へ
いま、私たちは先日不破議長が東京でおこなった時局演説会のパンフレット「日本外交のゆきづまりをどう打開するか」を各界、各層のかたがたにお届けし、意見交換をさせていただいています。今日は新田谷泉佐野市長がお会い下さるとのことで、伊藤百合子泉佐野市議、わけ豊衆議院19区予定候補とともに、新田谷泉佐野市長とお会いしました。
新田谷さんは、もともと自民党の市会議員だったかたで、もちろんわが党と政治的な立場は全然違います。それでも私が市長と同じ岸和田高校の後輩ということや、私が現職時代に泉佐野市の財政問題を国会質問でとりあげ、国の責任を追及したこともあって、党派やイデオロギーを超えたお付き合いをいただいています。
市長と忌憚ない意見交換。私から靖国神社は神社として、あの侵略戦争を「まちがいではなかった」とし「A級戦犯の『ぬれぎぬ』をはらすのだ」と主張していることを紹介すると、市長はたいへん驚かれ、「あの戦争を正しいと考えるものはいないだろう。そんなことは党派を超えてあたり前のことだ」という認識で一致。「外国から言われたからどうこうということではなく、われわれ日本人自身の問題として、そういう場所に総理大臣が参拝することは問題が多い」というのが市長のお考えでした。
市長には全日本年金者組合大阪府本部がこのたび出版された「平和へのねがい」と題した戦争・空襲体験記集をご紹介。岸和田支部のかたが「軍人勅諭」という一文を寄せておられるのですが、このかたが1945年8月15日、旧制岸和田中学2年生の時に終戦を迎えたことと、戦時中の苦労を書かれた手記のコピーを差し上げて、「あの戦争では、われわれの先輩もこういうめにあったらしいですからね…」というと興味を持って下さったようでした。「平和へのねがい」…みなさんもぜひお読み下さいね。お問い合わせは「全日本年金者組合大阪府本部(06―6354−7207)まで」。
懇談終了後、家に車を置いて、淀屋橋へ。午後5時から6時まで、会社や学校帰りの人たちにごあいさつ。西淀川区選出の北山良三大阪市会議員とご一緒に訴えました。私がマイクを握るとたくさんの人が足を止め、私の訴えに耳を傾けて下さいました。
淀屋橋を出て、京阪電車で京橋へ。今日は私も質問で取り上げた、「クラボウ思想差別裁判」勝利報告集会です。共産党員ゆえの差別を許さず不屈にたたかいぬいた伊藤さん、宮崎さんのたたかいと弁護団、支援共闘会議のみなさんのご奮闘に心からのお礼とお祝いを申し上げました。(詳しくは「東奔西走」http://www.miyamoto-net.net/column/bustle/1112282496.htmlをご覧下さい)
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