府委員会総会に出席、そして「歴史認識」問題で考えたこと…
今日は朝から府委員会総会が開催され、私も出席。6月の大阪の共産党の活動方針についてみんなで議論し、決定しました。
さて、この間議論してきた侵略戦争の反省など「歴史認識」の問題です。 私はこの間、実はずっと不思議に思ってきたのです。「極東国際軍事裁判」というものの評価は、学問的に言えば、ナチスの戦争犯罪を裁いた「ニュルンベルク裁判」と同じく、国際社会においては歴史学上も国際法上もほとんど決着済みのことです。こんなものを覆そうなどという勢力は日本以外にはほとんどおらず、まあヨーロッパなら「ネオ・ナチ」ぐらいのもんです。
ところが日本では、「南京事件の写真は捏造だった」とか「大東亜会議にはアジア各国の代表が参加して『大東亜共栄圏』に賛成した」とか、もう学問的には一笑に付すほかないような「ケチつけ」をし、こだわってこだわって何とか「大東亜戦争」なるものの正当性を主張しようとするのです。そんなことをいくらやったって「なるほど、あの戦争は正しい戦争だったんですね。またやりましょうね。何ならこれからもう一回『大東亜共栄圏』つくりましょうか?」などということには、世界も日本も絶対になりようがないことぐらい、ちょっと分別のある人間なら誰でもわかるはずです。
彼らが何ゆえにこれほど、この問題にこだわり血道を上げるのか?以前、「新しい歴史教科書をつくる会」などの主張に心酔している同窓生と大激論してみて、やっとわかりました。彼は言うのです「日本人のアイデンティティの問題だ」と。「人間は自分に連なる親や祖父母、祖先を否定されて生きてはいけない」などと言うのです。
私はこれには心底驚きました。私は自分のアイデンティティを、祖先や日本人にもとめようと考えたことは一度もなかったからです。だって、「日本人」って言ったって、良い人も悪い奴もいるじゃないですか。「祖先」って言ったって、祖父母、ひいじいさん、ひいばあさん、ぐらいしか知りませんしねえ。おそらくその前は江戸時代の人でしょう?
鎌倉時代の祖先もいたんでしょうし、平安時代の祖先もいたはずです。私がここにいる以上、両親から、そのまた両親、さらにその両親と必ず遡れるはずです。生殖行為なしには子どもは絶対生まれないものね。つまり、人みな「万世一系」。天皇家が「万世一系」なんて言ったって珍しくも何ともないって…。
「祖先」っていったって、きっと悪いことも良いこともしたでしょうよ。歴史の制約もあったでしょうしねえ。良い人も悪い奴もいたんじゃないですか。なんでそんなものに今の自分のアイデンティティを求めなきゃならないのですか?強烈な違和感を覚えました。「それって、もしかして、『自分はこんな立派な民族の生まれだから立派な人間なんだ』なんて言いたいワケ?」思わず聞き返しました。
かつて日本人が間違った侵略戦争をやったことを認めたら自分に自信が持てず、正しい戦争だったと強弁して自信を取り戻す…思わず「君ってよっぽど自分自身に自信がないんだね」口をついて出てしまいました。相手は絶句…ちょっとキツかったかな?
だって、ほとんど学問的には勝ちめがないような先祖の正しさを主張するのに無駄な労力を費やすぐらいなら、その時間とエネルギーで勉強するとか、スポーツするとか、ギターを練習するとか、社会のために役立つ活動をするとか、そういう今の自分を磨くことをやったほうが、よっぽど実りがあり、「自分のアイデンティティー」を確立できると思うんですけどねえ…。
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