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千早赤阪村の事務所開きや「3・15のつどい」、そして講義レジュメの作成

 朝から千早赤阪村へ。まもなく始まる村会議員選挙、立候補を予定している関口ほづみ村会議員の事務所開きに駆けつけ連帯のごあいさつ。千早赤阪村議会は定数削減がされ、今回は定数10でのたたかいになり、わが党は3人の候補者が立候補を予定しています。大変な激戦、なんとしても関口さんの議席の死守をと訴えました。

 午後からは、治安維持法犠牲者国家賠償要求同盟大阪府本部、日本共産党大阪府委員会、日本民主青年同盟大阪府委員会の3者が共催する「憲法を守ろう・演奏と講演のつどい」に参加。党中央の上田耕一郎副委員長(党憲法改悪反対闘争本部長)の講演がありました。

 この3者共催の「つどい」は、例年3月15日に「3・15大弾圧」を記念しておこなわれているもの。私が日本民主青年同盟大阪府委員会委員長時代に、3者共催がはじまりました。「3・15大弾圧」とは1928年3月15日におこなわれた戦前の弾圧法「治安維持法」による大弾圧のことです。

 日本共産党は1928年2月1日、党中央機関紙「赤旗」(当時は「せっき」と読みました)を創刊。創刊当時から反戦・平和、自由と民主主義、国民の権利と生活擁護の旗を論陣をはり、命がけで真実を報じました。当時謄写版刷りだった「赤旗」は、秘密裏に靴の中敷き革の下や工具の中に入れられ、国民の手から手へ渡されていきました。

 28年2月、普通選挙法による初の総選挙。日本共産党はこの選挙に11人の党員を労働農民党(労農党)から立候補させました。天皇制政府は、内務省、警察などを動員した激しい選挙干渉を無産政党に集中しましたが、無産政党は、約49万票(得票率4.9%)を獲得し、8人の議員を当選させました。労農党は、19万票と無産政党では最大の得票を得て、山本宣治(京都3区)ら2名を議会におくりました。
 
 わが党は、総選挙後、「27年テーゼ」と呼ばれる戦前の綱領的文書の具体化と全党的な態勢を確立するために、第4回党大会開催の準備をすすめていました。その最中の3月15日、天皇制政府が、総選挙を通じて国民の前に姿をあらわした日本共産党の前進を恐れ、全国いっせいに大弾圧をおこない、1600人におよぶ日本共産党員と支持者を検挙して、野蛮な拷問を加えたのが「3・15大弾圧」なのです。

 今年は憲法をめぐっての極めて危険な情勢をふまえ、日程も変更するとともに、上田耕一郎さんを招いた学習集会として開催したのです。会場は満杯で、座ることもできないほどの大成功。この問題への関心の高さと「憲法を守る」たたかいへの大きなエネルギーがしめされた「つどい」でした。

 「つどい」を途中で退席して大阪国政事務所へ。「お便り紹介」にもちょくちょく登場して下さる「阪神タイガース私設応援団遊虎会」さんがご夫婦揃ってご来訪。ニューヨーク行きの署名とカンパを届けて下さいました。

 その後は黙々と学習会のレジュメ作成。明日、吹田市で「科学的社会主義」についての講義をおこなう予定になっており、その準備です。「資本論」から「フォイエルバッハ論」、「反デューリング論」から「唯物論と経験批判論」にいたるまで、詰め込みながらのレジュメ作成。できあがったときには、なんと日付が替わっていました。

 
 
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