「声の『赤旗』日曜版」創刊2000号記念のつどい
朝から日本民主青年同盟の大阪府委員会事務所へ。民青の府委員会総会であいさつ。青年たちの力とエネルギーがおおいに発揮された中越地震・震災ボランティアの経験にも触れながら、「国民の苦難、青年の要求あるところ民青同盟あり」という姿を、被災地だけでなく、この大阪で、われわれの身の回りの職場・地域・学園でこそ示そうと訴えました。
午後から「声の『赤旗』日曜版」創刊2000号記念のつどいに参加。「声の『赤旗』日曜版」は、視力障害者むけに毎週毎週『赤旗』日曜版の記事を90分テープ両面に声で吹き込み、届けるというもの。1966年4月第1週のテープが第一号で、まったく手探り状態のなか、数人のボランティアによって福岡で生まれました。
以来40年近く、一度の欠号もなく発行され、読者のもとに郵送され続けてきました。そして今日2005年1月9日付けのテープでちょうど2000号の記念すべき通過点を迎えました。その2000号達成をお祝いしようと視力障害者のみなさんが大阪で読者を中心にした「記念のつどい」を開催されたのです。
私の役回りは「障害者のバリアフリーと日本共産党」とのテーマで一時間の記念講演。「バリアフリー法」制定に関わった国会議員として、バリアフリー法をめぐる国会論議で何が問題になったのか。日本共産党はその中でどのような主張をし、どう論戦したか。などについて自らの体験をお話させていただきました。
また「盲人用無料郵便や第3種・4種郵便を守れ!」とともにたたかった「郵政公社化法案」のたたかい。そしてそれらのたたかいの中でうきぼりとなった、日本共産党の議席のかけがえのない値打ちや「しんぶん赤旗」のなくてはならない役割についてもお話ししました。 もう一つの役回りはギター演奏。今日は特別ゲストに岡山の蒜山に住み、うたごえやコンサート活動を活発におこなっておられる、視力障害者のシンガーソングライター原田義雄さんも来られていて、原田さんの後が私の出番・・・さすがに、ちょっと緊張しましたよ。
それでも原田さんもノリのいい人で、「ケサラ」や「たんぽぽ」のセッションはまずまず上手くいって、正直ホッとしました。こんな楽しい「つどい」なら大歓迎。「次は3000号」などと言わず、毎年でもやりましょう。
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