明日から太子町議会議員選挙。準備と子どもたちとの時間。
明日からいよいよ太子町の町会議員選挙がはじまります。今日はそのお準備もかねて一日家で過ごしました。子どもたちとの時間もゆっくりとれました。
議員でなくなって、何よりもありがたいのは本を読む時間が増えたことです。国会議員というものは、確かに膨大な量の文書や資料に目を通すのですが、じっくり古典などの本に目をとおすということは、この6年間ほとんどできずに来ました。
今は議員時代に身についた速度で本を読みすすめますから、ものすごいテンポで読むことができます。しかも「資本論」などしっかりした古典に取り組めるのがありがたいです。この間は、今年の綱領改定で議論になった未来社会論をめぐっての理論問題を、あらためて「ゴータ綱領批判」や「エルフルト綱領批判」にまでさかのぼって深めることができました。
その後は、わが党の元議長、宮本顕治さんの戦前の文学的業績について前々から気になっていて、「宮本顕治文芸評論選集」を読みすすめています。とりわけこの選集の第1巻「あとがき」というものは宮本さんが1980年に新たに書き下ろしたもので、この第1巻が重要なのです。
よく私が宮本なので「宮本顕治さんのご親戚ですか?」などと聞かれます。自民党の議員などで、てっきりそう思い込んでいる人も多いのですが、私は宮本顕治さんとは何の血の繋がりもありません。アカの他人です。
では、なんの関係もないかというと、実は私が民青同盟の大阪府委員長当時(ちょうど10年前)に書いて、「日本共産青年同盟創立70周年記念文化コンクール」に入選した論文のテーマが「『敗北の文学』と人間の問題」というもので、宮本顕治さんが若い頃に書き、雑誌「改造」の懸賞に見事一席で入賞した芥川龍之介論「敗北の文学」について論じたものでした。私はこの論文をお認めいただいて、日本民主主義文学会の会員にも加えていただきました。
さて「宮本顕治文芸評論選集第1巻」の冒頭には、その「『敗北』の文学」が掲載されています。あらためて読み、自分の書いたものと読み比べてやはり恥ずかしくなりました。10年前、34歳当時の私の認識は20歳の宮本顕治氏の足下にも及ばないということを思い知らされました。それで、あらためて芥川龍之介の全集なども買ってきて、読み始めています。
その芥川龍之介の全集を、子どもたちも読み始め、息子は「羅生門」を、娘は「蜘蛛の糸」などを読んでいます。しかし、さすが、わが家のお笑い娘…まず本を見て「ちゃがわりゅうのすけ」…「杜子春」(とししゅん)という作品を見て「しゃこはる」などと…
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