【宮本たけし物語】 ――強く優しく《中》
<労働者、家族の力強い味方>
リストラや長時間過密労働を背景に、深刻な問題になっている過労死・過労自殺。宮本たけし参議院議員は、働く人たちと家族に寄り添いながら、この問題にとりくんできました。
こんな身近に国会議員が…
2002年11月の参議院総務委員会。宮本議員は、過労自殺した和歌山県橋本市の辻田豊さん(享年46歳)たち3つの公務災害をとりあげました。
辻田さんは超過勤務が月200時間近くもあったにもかかわらず、地方公務員災害補償基金が“過労自殺は公務外”と事実をゆがめ公務災害の認定をしていませんでした。
宮本議員は「救うべき人を救っていない」と厳しく追及。遺族や市職員労働組合の運動とあいまって、公務災害の認定を勝ち取ることができました。このとき、宮本議員がとりあげた保育士や教員の公務災害も認定につながりました。
辻田さんの妻、加代子さん(44)は、「“公務外”とされ落ち込んでいたときに、宮本さんが国会でとりあげてくれたと聞き、希望をもらいました。その後、わざわざ家まで激励に来てくださいました。国会議員をこんなに身塚に感じたことはありません」と語ります。
女性差別の是正に尽力
だれもが平等に働ける職場をと、労働者の力にもなってきました。
“既婚女性は年休・産休・育休を取得するので低査定は当然”と昇給と昇格の差別をしてきた住友生命。宮本議員は「労働基準法を無視した主張は許せない」と、差別是正を求める女性たちの裁判を支援しました。
申し入れのために原告と東京・大阪の本社を訪ね、門前払いをされたこともありました。それでも会社や監督官庁に粘り強くはたらきかけました。やがて、大阪高裁で原告の勝利和解(02年12月)へとつながりました。
裁判の元原告団長・渡邉康子さん(61)はいいます。 「宮本さんは働く者の力強い味方でした。私たちの思いを、厚生労働省に直接伝えることができたのも、宮本さんたちが交渉の実現に骨を折ってくれたからです。裁判は、差別に苦しむ女性たちに道を開いたと思います」
(「しんぶん赤旗」6月16日付「大阪・奈良・和歌山のページ」掲載)
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