見えないシグナル「中3虐待事件を追う」(4)
心配事が相談できるか
「岸和田を子どもの命を守る街として全国に発信できるように取り組みを始めましょう」。大阪・岸和田市で育った日本共産党の宮本たけし参院議員。三十日、「大阪府岸和田子ども家庭センター」などを訪れて聞き取り調査をし、再発防止への運動を呼びかけました。
日本共産党岸和田市議団はこれまでも児童虐待防止のための実態把握と岸和田子ども家庭センターの体制強化を議会で求めてきました。事件報道とともに市議団は、当該中学校長、市教育委員会、子ども家庭センター、保護者などと会い、調査と懇談を重ねています。
「二月五日には臨時の文教・民生常任委員会の協議会を開きます」と語る同委員会委員長の今口千代子党市議。小川和夫市議団長は「子どもをめぐる国民的な議論を呼びかけた党大会決議を市民に語っていきたい。市民とともにシンポジウムなどを開き、ともに考えたい」とのべています。
■わが子の姿
だんじりの町に走る痛恨の思い−。長男(15)の実母(35)も「生きていてくれてよかった」と張り裂ける胸の内を代理人の大田口宏弁護士を通じて語っています。
意識の戻らぬ長男に、実母が初めて面会できたのは今年一月初旬のこと。体重二十四キロのわが子の姿を見て泣き崩れました。実母は昨年十二月、長男の親権を巡り大阪家裁岸和田支部に親権者の申し立ての裁判をおこしました。
実母が離婚したのは一九九五年六月。親権を父親にしたのは「金銭的な理由だった」と弁護士はいいます。
当時長男は小学校に入学したばかり。年子の二男はまだ入学前。「仕事はパートしかなく、(実母は)生活保護や母子手当など社会保障制度について知識がなかった」とそのころの事情を弁護士は説明します。長引く不況は、働く女性と子どもに生活苦として重くのしかかっています。
昨年六月に二男は、実父と義母からの虐待に耐えかねて実母のところに逃げ帰ります。二男は実母に虐待の事実を語りません。長男がひん死の事態に落ちるほどの虐待を受けていたことを実母が知ったのは「マスコミ報道によって」でした。
■引き取る
実母は逃げ帰った二男に「(暴力によるとみられる)アザがあって、不適切な事態が起きている」(弁護士)と思い、トラック運転手の元夫に長男を「引き取りたい」と訴えたものの拒否されました。「児童相談所の存在や通報も思いいたらなかった」という実母。二十八日に中学校全校生から届けられた千羽鶴を受け取り、息子と共に生き直す決意で自らも千羽鶴を折り続けています。
長男が通っていた中学校で二十八日夜、約三百五十人が出席して保護者会が開かれました。夜七時過ぎから始まり、予定時間を越えて熱い議論が遅くまで続きました。
出席した母親はいいます。「大阪府岸和田子ども家庭センターの体制が弱いのに驚きました。岸和田市だけを担当していると思っていましたが広大な地域に責任を持つ。あまりにも人が足らない」。
長男と同級生の息子を同じ中学に通わす保護者は「保護者会をやって良かった」と一歩踏み出したことを喜びます。「親が子どもを支え家庭から学校へ送り出す責任の重さを痛感します。学校や地域で『よその家のことだから』とほっとくのではなく、心配事が相談できる関係を育てる。教師と親が告げ口したということでなく、共同で話し合える学校づくりをしなければ」
衝撃から模索と再発防止への動きが始まりました。
(しんぶん赤旗2004年2月1日付 菅野尚夫記者)
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