堺市の過労死裁判で逆転勝訴
過労死した堺市の小学校教員の遺族が公務災害の認定を求めていた裁判で、三十日、大阪高裁が原告逆転勝訴の判決を言い渡しました。
この事件は、大阪の堺市立新金岡小学校に勤務していた鈴木均教諭が、九〇年の十月に帰宅途中に寄ったコンビニエンスストアの前で脳梗塞に倒れ、そのまま意識を取り戻すことなく、四日後に帰らぬ人となったというもの。当時、鈴木先生には、学級担任としての仕事に加えて、体育主任、保健主事を兼任し、学級運営で特別に注意の必要な子供が集中したことや、堺市内の六年生六千人を集める連合運動会の当番校としての責任、社会見学の引率などの要因が重なって、勤務が過重となっていました。
宮本たけし議員は、〇二年十一月二十八日の総務委員会で、この事件を「公務外」と認定した地方公務員災害補償基金の態度を追及して、「倒れる一週間前の時間外勤務は三十四時間、一か月の労働時間は二百七十三時間以上にも及んだ」と指摘。基金が鈴木先生の時間外勤務を、自宅に持ち帰った残業についても成果物が明らかでないから大した負担ではないなどと過小に評価していることを厳しく批判しました。
国会論戦データベース「救済されるべき人」を救わない地公災基金の姿勢を追及
共同通信によると、三十日の高裁判決では、自宅での持ち帰り残業についてほぼ原告の主張通り認定して、「疾病発症前の約二週間の労働時間は計約百四十六時間で過重」と判断しています。これは宮本議員が国会で述べたことの正しさを裏付けたもの。地方公務員災害補償基金は、上告することなく謙虚に判決を受け入れるべきです。 (宮本たけし事務所)
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